沢地萃(たくちすい) 〜 集まり、繁盛する時 〜

                    − 繁栄のオアシス 〜 天の恵みに感謝する時 






 卦辞:萃。亨。王仮有廟。利見大人。亨。利貞。用大牲吉。利有攸往。 (すいはとおる。おうゆうびょうにいたる。たいじんをみるによろし。
     とおる。ていによろし。たいせいをもちいてきち。ゆくところあるによろし。)

 キーワード:人体の象、目的が二つ、親和、豊作、大坎の似象、人気集まる、不慮の事故、水難、温泉、銭湯、演芸会、都会、繁華街 など

 解説&運勢:萃は集まって茂ることを表し、転じて寄り集まるとします。前の卦、「こう」で遇うと、その後は集まるとし(遇うことなしに
         集まることはないので)、故に次に来る卦が萃になるのです。物や人が集まって賑わうのですから、商売は繁昌し、
         豊かにのびのび喜びを分かち合うことができます。宴会、旅行も吉。また、この卦は地の上に沢があり、お風呂、銭湯、
         温泉の意味もありますから(人体の象、裸の象ともしますので)、この卦を得た時には温泉旅行もいいですよね。
         易経では、萃の卦を、王様が祖先の廟に参り、盛大なお祭りを行って、羊と牛を捧げ、心から祖先の霊に感謝し、その
         誠実且つ謙虚な気持ちで政治を行う祭政一致を表しています。王様がそのような立派な態度をとるからこそ、民衆は
         王を尊敬し、集まるのです。しかし、人が大勢集まると良いことばかりではなく、競争意識も激しくなり、不慮の事故、
         災害が起き易くなるものです。なので君子たる者は、いつでも万が一の不慮の事件に対する対策を立て、戒め、
         兵器を整備し備えておくべきというのです。
         運勢的には大いに繁昌し、大変良好な時。また、目標が二つあって迷う時でもあります。新井白蛾先生はこの卦を、
         「鯉、竜門に登るの象」としています。登竜門にあたり、入学、入試、就職試験などの意味がありますが、この卦が
         出た時は合格するとします。恋愛、結婚も喜び合ってまとまります。


     ☆初爻 − 爻辞:有孚不終。乃乱乃萃。若号一握爲笑。勿恤。往无咎。(まことありておえず。すなわちみだれすなわち
                 あつまる。もしよばえばいちあくわらいをなさん。うれうるなかれ。ゆけばとがなし。)

             解説&運勢:九四と応じているのですがが、本来は主の九五の天子のもとへ集まるべき時です。なので、
                     九五のもとに集う気持ちを強くもってはいるのですが、九四と応じているためそれが難しい
                     のです。なので気持ちが乱れて迷い、なかなか九五のところへ行く決心がつかないことに
                     苦しむのです。そこでその気持ちを大声で泣き叫びます。その様子にやがて九五も手を差し
                     伸べるのです。そこで一握爲笑、手を握り合い笑うことになるのです。このように、迷いながらも
                     結局は九四ではなく九五のところへ参じたということは、誠心を以っての決意なので咎はないのです。
                     運勢的には心が一つに定まらない時です。目標を一つに絞ることが先決です。(小吉)

     ☆二爻 − 爻辞:引吉。无咎。孚乃利用やすくる。(ひけばきち。とがなし。まことあればすなわちもちいてやくするによろし。)

             解説&運勢:九五の天子と応じる柔順な賢臣。中徳を持っていますので志を変えず誠心誠意があります。
                     なので天子から引見され咎があろう筈がないのです。 運勢的には人を立て自分は陰に
                     まわる時。でしゃばらず引いて吉の時です。既定の方針を変えず進めましょう。無理をしなければ
                     順調の時です。(大吉)

     ☆三爻 − 爻辞:萃如。嗟如。无攸利。往无咎。小吝。(すいじょ。さじょ。よろしきところなし。ゆけばとがなし。しょうはりん。) 

             解説&運勢:九五の天子のもとへ集まりたい気持ちはあるのですが、応じているのは上六で、また、天子との間
                     には九四がいるのでなかなか九五のところへは集えず、誰とも集まることができなくて悲嘆する
                     ばかりなのです。応じている上六では陰同士なので仲間として集ったところで天子のもとへなど
                     行ける筈はないのです。切羽詰まって末端の上六を仲間にしようとしたことは恥ずべきことですが、
                     九四を通して九五の天子のもとへ行くならば、咎はないのです。 運勢的には障害が多く、溜息
                     ばかりの時ですが、派手な行動を慎んで無難。(小凶)

     ☆四爻 − 爻辞:大吉。无咎。(だいなればきち。とがなし。)

             解説&運勢:巽順の徳を持つ大臣の爻。初六と応じている=民情に通じているので、民心が集まりやすいのです。
                     また、天子にも忠実な大人であるから吉なのです。 この爻は「大吉なれば咎なし」と読まれることも
                     ありますが、この卦の主爻は九五なのですから、尊位でもなく中正の徳もない立場にあって民心を
                     一身に集めるのは咎あるべきで、咎なしとなっているのは大人であればこそ吉で咎がないのです。
                     なので「大吉」ではなく「大(人)なれば吉」なのです。運勢的には大勢の人々から頼られる時です。
                     傲慢にならず、こういう時こそ謙虚な態度が鍵。(吉)

     ☆五爻 − 爻辞:萃有位。无咎。匪孚元永貞。 悔亡。(あつめてくらいをたもつ。とがなし。まことにあらざるも
                 げんえいていにしてくいほろぶ。)

             解説&運勢:尊位の爻で天子の爻です。なので人々が集まってくることは当然で咎はないのですが、九四の
                     大臣の方がより多くの民衆の心を動かしてますので、集める尊位はあっても、天子の真の徳は
                     九四の大臣の勢威の陰に隠れてしまい、光り輝くことができないのです。だからといって、
                     天子たる者はそのようなことに動揺せず、天子としての徳を確り守っているならば、やがて民衆は
                     天子の真の徳に感応し、悔いとなっていた九四へ民衆がより多く集まり天子が忘れられるようなことも
                     亡くなるのです。 運勢的には人望を集める時です。不平不満を持たずに進めば吉。実力が伴うよう、
                     努力を怠らないように。自分の人柄ではなく地位に対して人々が集まる時ですから、人徳を積む
                     ことが大切です。(吉)

     ☆上爻 − 爻辞:齊咨涕洟。无咎。(ししていい。とがなし。)

             解説&運勢:君寵を得ようと浅はかにも取り繕って言葉巧みに飾ることで孤立して、集まる卦なのに集い親しむ
                     者が誰もいなく、大いに悲しみ涙を流します。しかし、陰の上の陰で柔正の徳がありますから、浅はかな
                     行いを反省し、正しい心に立ち返ったなら、やっと天子のもとへ集うことができ、咎なきとなるのです。 
                     運勢的には成功に甘んじ、気づけば時の流れに置いてけぼりな時。孤立無援を感じます。
                     行いを反省し、改めることで(小凶)


  賑やかで楽しい卦ですね☆ 人が沢山集まるということは、それだけ沢山の方々から認められ、魅力があるからこそ心が動かされて
寄って来るものですよね。 いくら派手なパフォーマンス、宣伝して必死に呼び込んでも、その人に魅力がなければ人は集まりません
ものね。 例えばタレントはファンを集めることで、政治家は票を集めることで自己の存在価値を高めます。ブログやホームページも
同じ事が言えますね。 当たり前ですが人気を得るには独善的な態度ではNGで、人々が興味関心を持つページを作らなければ
宣伝だけではなかなか人は集まってくれないものです。 謙虚な気持ちで来てくださる方の立場に立ち、どれだけ喜ばれる情報を
提供できるかで人気は左右すると思います。先ず自身が周囲の人達にとって正しい意味で役立ち、人々が集まって来たからといって
安心し、偉そうにふんぞり返ることなく、更に自身を律し謙虚に「おかげさまで」という感謝の気持ちを忘れず精進することが
要なんですよね。(なかなかできることではありませんが・・・)
お金や地位があれば簡単に人は寄ってきます。利権があっても寄ってきます。しかし、そういった表面的な欲や打算、儲け話などに
目が眩んで集まってくる人というのは、その人が落ち目になってきた時には非情にも去ってしまうものです。
人間は本来孤独な生き物です。だからこそ一緒にいるだけで、安らげる、安心できる、心の通う温かい信頼関係を求めるのです。
人情機微を細やか且つ誠実に配慮、察し、相手の心を温かくしてあげられる人の周りには、呼びかけなくとも自然と人は大勢
集まってくるものですから。 よく、元会社の社長などが「退職してからはさっぱりお中元やお歳暮が来なくなった」と嘆く声を聴きますが、
結局、人を集めるものは地位や権力、お金ではなく、「人徳」なのですよね。^^




























 

地風升(ちふうしょう) 〜 一歩一歩確実に昇り進むこと 〜

                      − ゆっくり地道にコツコツと 〜 小を積んで大を成す −






 卦辞:升。元亨。用見大人。勿恤。南征吉。 (しょうはおおいにとおる。もちいてたいじんをみる。うれうるなかれ。
       なんせいすればきち。)

 キーワード:物事を始める、大坎の似象、 昇り進む、急ぐこと不可、協力者要する、足元に用心、時に従い進む、南法へ行くには吉 など

 解説&運勢:升とは、昇りゆくことです。升の上に日を書くと昇という字になりますよね。地の下に芽を出した若木が天を目指して
         伸びゆく姿を表すのです。雑卦伝は「来らざるなり」といっています。上に昇り進む一方で、戻ってくることはないことを
         いっているのです。ただし、いくらすくすく伸びるからといって、若芽が1年や2年で立派な大木に成長することはありません。
         太い大木となるまで小さなことをコツコツ努力し、積み重ねていくことが大切だということを説いているのです。升の時は
         昇進、昇給といった喜ばしいことがあるとしますが、一足飛びとは行かず、その兆しが現れ始める時であると見るのが
         本当でしょう。粘り強い姿勢が大切なのです。 また、昇り進むということは、訳もなくそうするのではなく、それを挙げて
         用いてくれるものがあればこそで、木でいえば地中の養分と、太陽の光熱です。人にたとえれば巽木は小人、太陽は大人。
         この大人の力なくして力を蓄えることはできません。それが卦辞の「用いて大人を見る」なのです。 そして、「南征すれば
         吉なり」とありますが、力を得る時には天の恩恵豊かな南の方向へ向かうと良いといっているのです。太陽の恵みと養分
         たっぷりな大地、文明にして万民が集まる場所です。そこで君子たる者は木が少しずつ成長して大木となるように、
         小さな善といえども、積み重ねて遂には高大なものとすべきであるというのです。 
         運勢的には地位の昇進等の気運が近づいていますが、一挙に良くなるわけではありませんので、焦ったり無理をせず、
         地道にコツコツとが鍵です。途中で投げ出さず、最後まで努力することによって順調な出世を果たします。


     ☆初爻 − 爻辞:允升。大吉。(まことにのぼる。だいきち。)

             解説&運勢:巽の主爻ですね。巽順の徳を持っています。六四とは応じていませんが、この爻は木の根のところで、
                     上卦坤の土の養分を沢山吸収しています。上のニ陽は木の幹。幹は燦々と輝く天の陽気を大いに
                     受けすくすくと上へ昇り行くのです。この爻は巽順の徳がありますから上の者から助けを得られ、伸びゆく
                     ことができ、大吉なのです。運勢的にも誠心誠意で事に当れば後で喜びに通じます。
                     徐々に好調になる時です。(大吉)

     ☆二爻 − 爻辞:孚乃利用やく。无咎。(まことあればすなわちやくをもちいるによろし。とがなし。)

             解説&運勢:六五の天子と陰陽応じ、誠意が感じられるので、咎がないことに留まらず、喜ばしいことなのです。
                      このような真心があればたとえ供え物を簡素に祭っても、その気持ちは神に通じ、応えてくれる
                      というのです。運勢的には初爻同様、誠心誠意で事に当れば引き立てがあり、後で喜びに通じます。
                      欲を出さず質素に。(吉)

     ☆三爻 − 爻辞:升虚邑。(きよゆうにのぼる。)

             解説&運勢:上六と応じ、六四と比しているので、昇ることに障害もなく、順調に昇って行けるのです。それは
                      無人の地を行くようなくらい平坦な道なのです。 運勢的にも障害なく昇り進みます。何の邪魔も
                      無くすんなり進めるのです。しかし、見かけほど内実は得られません。(中吉)

     ☆四爻 − 爻辞:王用亨于岐山。吉无咎。(おうもちいてぎさんにきょうす。きちにしてとがなし。)

             解説&運勢:岐山とは西周の山です。その山の峰が二つになっているので岐山と称したそう。王とは文王
                     亨は祭り。周の文王は、殷の天下にあって、殷の紂王の臣下としての分を弁え、身分を越える
                     ことなく昇り進まず謙遜な態度をとっていました。また、当時中国では祭りの対象に階級による
                     制限がありました。王は天地を祭ることができ、大臣は山川を祭ることができます。なので文王は
                     領土内の岐山においてもその身分を越えることなくお祭りをします。山を祭るのですから吉で
                     咎はありません。運勢的にも運気良好ですが、分限を守って誠実に努めましょう。控えめ且つ
                     誠実に。(大吉)

     ☆五爻 − 爻辞:貞吉。升階。(ていきち。かいにのぼる。)

             解説&運勢:階とは階段のことです。階段を昇るかの如く一段ずつ容易にそして着実に高位に昇ります。
                     天子の位に昇るともしますが、宮廷に昇る、出仕するという意味もあります。運勢的にも盛運の時です。
                     とんとん拍子に階段を上がっていけます。女性なら玉の輿のチャンスが!(大吉)

     ☆上爻 − 爻辞:冥升。利于不息之貞。(めいしょうす。やまざるのていによろし。)

             解説&運勢:自分の才知力量を弁えず、昇ることに目がくらみ、闇雲に昇ってしまいました。このような状況では、
                     現状を維持できないどころか、折角これまで得たものまで全て失うことになります。この、逸る心を
                     一転し、初心に返り修養すれば、禍は招かず福を得るのです。運勢的にも止まることを知らずにいては
                     失敗してしまいます。昇り過ぎ、有頂天にならず退く時を見極め、慎重に。矢張り初心を忘れては
                     いけませんね。(小凶)


  この卦は私にとって、とても想い出深い卦になります。それはかれこれ20年程前、私がはじめて易経を勉強してみようと決断し、
高井先生から紹介して頂き、高部紅佑先生の門を叩いた初日のことでした。 笑顔で優しく迎えてくださった先生が、一番最初に
筮の取り方を指導してくださった時のことです。 「・・・そうね、はじめて易を立てるのだったら、今後易者としてやっていけるか
どうかを見ましょうか。」そう仰いながら、先生は徐に筮を取り始めました。 そして、得た卦がこの升の卦だったのです。
私にとって希望に満ちた大変嬉しい吉卦で、とても喜んだことを覚えています。 升の初爻でした。 
・・・ふと振り返りますと、升の卦のように、素晴らしい師(大人)に引き挙げて頂きましたお陰で20年間、コツコツ地道にマイペースで
易のお勉強を続けて来られたことに気づきます。時折、易の難しさ故、嫌になったり、投げ出したくなる事も正直ありますが、焦ったり
無理したりせず、途中で投げ出さないよう、なんとか今後も頑張って易の勉強をコツコツ続けていきたいと思っています☆









     













 

沢水困(たくすいこん) 〜苦難の時、八方塞の時 〜

                  − 臥薪嘗胆 苦しい試練を耐え忍び努めてこそ後日必ず亨通する −






 卦辞:困。亨。貞。大人吉无咎。有言不信。 (こんはとおる。だだし。たいじんはきちにしてとがなし。ことあるもしんじられず。)

 キーワード:不足、水涸れ、欠乏、不自由、赤字、困苦、困難、手の施しようがない、信用薄い、水難、隠忍久しくして開運 など

 解説&運勢:困の卦は文字通り、困る、困窮する、窮迫するという卦です。困という字は口=かこいの中にある木で、伸びよう
         として四方を妨げられ、伸び悩み苦しむ状態を示しています。 卦象を見ましても、池に穴があき、水が流れ始め、
         干上がってしまい涸れた状態にあることを表しています。塞いでも塞いでも底から水が漏れてしまうように、物心共に
         困窮する辛い時なのです。なんとかこの苦しみから逃れようと言葉に訴えても、全て言い訳弁解にしか聞いてもらえず、
         全く信用されず、益々事態は悪くなります。なのでこの時はひたすら隠忍沈黙し、静かに耐えるしかないのです。 
         四大難卦の一番苦しい卦なのですから、残念ながら最早手の施しようのない程最悪の時。しかし、大人吉にして
         咎なしとありますから、大器といわれる人物は艱難辛苦を得ることでむしろその実力を加えていくものです。
         苦しい修練を経てこそ名手が生まれることを考えましたら困の卦は、大人にとっては原石を磨く研磨剤となるのですね。 
         そこで君子たる者は、防ぎようのない困窮に落ちたなら、これも天命と潔く受け止め、信じる心を動かさず、たとえ
         命を投げ出してでも意志を曲げてはならないというのです。 
         運勢的には何をしても上手く行かず、じっとしてもいられない最悪な程苦しい時になります。今は何をしても焼け石に水、
         悪足掻きにしかなりませんから、暫く耐えて、時期を待つより仕方がないのです。


     ☆初爻 − 爻辞:臀困于株木。入于幽谷。三歳不覿。(いさらいしゅぼくにくるしむ。ゆうこくにいる。さんさいみず。)

             解説&運勢:坎の下爻で困苦最も甚だしいところです。現状に居て苦しいばかりか、先々まで苦しむ辛い
                     ところなのです。例えば堅い切り株の上に座ってお尻が痛くなりじっとしていられず、動いた
                     ところで人気のない暗い谷に迷い込み三年もの間、遇いたい人に遇えず助けがないという
                     辛く苦しい境遇です。(3年経てばやっと、九四に遇うことができるのです)運勢的にも苦境の
                     どん底に落ちてしまう危険有りです。今はジタバタ妄動せず、踏みとどまりましょう。(大凶)

     ☆二爻 − 爻辞:困于酒食。朱ふつ方來。利用亨祀。征凶。无咎。(しゅしょくにくるしむ。しゅふつまさにきたる。
                 もちいてきょうしするによろし。いけばきょう。とがなし。)

             解説&運勢:この爻の解説として、五爻の天子と応じていないので、自ら進んでみたところで仕えることが
                     できず、お酒や食べ物も得られず困窮する立場にあるとする説と、飲食のご馳走が過ぎて苦しむ、
                     若しくは酒食を楽しんで時運を待つという説もあります。しかし、この爻は剛中の才徳はあっても
                     坎@悩みの主でありニ陰の小人の間に陥り苦しんでいますから小人に邪魔され苦しめられる立場に
                     ありますし、(困卦の場合、二、四、五爻の三陽が大人@君子の爻)九四の知遇も得ていません
                     から矢張り酒食を得られず剛中の徳を以って苦しむという説なのではとマリア的には思うのですが
                     如何でしょう。こういう苦しい状態の時、自らもがき進もうとしても余計苦しみに陥ってしまうだけです。
                     五爻の天子(朱ふつ方來)の方から引きあげてくれるまで誠心を失わず、祖先を祭りながらじっと
                     耐えて待つしかないのです。運勢的には窮地に追い込まれ苦しい時ですが、耐えていれば必ず
                     救いの手を差し伸べてもらえます。焦って動かず辛抱の時。(凶)
                     

     ☆三爻 − 爻辞:困于石。據于しつ藜。入于其宮。不見其妻。凶。(いしにくるしむ。しつれいによる。そのきゅうにいりて。
                 そのさいをみず。きょう。)

             解説&運勢:前に進めば堅い石に妨げられ進めず、退けば棘だらけで退くこともできず何処にも落ち着け
                     ない状況です。しかもやっとのことで家に帰っても妻は自分を捨てて逃げ去り、蛻の殻、身の上の
                     不幸せにただただ呆然としてしまうという、何とも苦しく哀れな爻なのです。「逃〜げたぁ女房にゃ
                     未練はな〜い〜が〜♪」なんて古い哀れな歌もありますが、女房に逃げられた男は
                     何故こうも情けなく哀れに感じてしまうのでしょうね。気の毒です。運勢的には動けば必ず傷を
                     負う時。悪足掻きは止め、じっと耐える時。(大凶)

     ☆四爻 − 爻辞:來徐徐。困于金車。吝有終。(きたることじょじょ。きんしゃにくるしむ。りんなれどもおありあり。)

             解説&運勢:応じている初爻を救う爻なのですが、陽でありながら惑うことが多く、救いに行くのにグズグズ
                     しています。それはまるで、頑丈な車(九ニ)が行く手を遮り進むことができないよう、九四を
                     制しているようです。このように制されることは恥ずべきことですが、最後には救うことができる
                     のです。運勢的には徐々に良くなる傾向にありますが、油断は禁物。すぐに逆転します。救いは
                     そのうち必ず現れますから耐えて時を待ちましょう。(小凶)

     ☆五爻 − 爻辞:はなきりあしきる。困于赤ふつ。乃徐有説。利用祭祀。(はなきりあしきる。せきふつにくるしむ。
                 すなはちようやくよろこびあり。もちいてさいしするによろし。)

             解説&運勢:うわぁ・・・またここでも鼻切り足切りの刑が出ましたね。^^;;; この、鼻切られ・・・って、出てくる
                     度に震えが来ますが、オソロシイ拷問@刑ですよね。この爻は、天子が志を同じとする九ニの賢人を
                     用い天下の難を救おうとするのですが、小人たちに邪魔されなかなか九ニを用いることができません。
                     上六の小人からは鼻を切られ、六三の小人からは足を切られるという、何とも残酷で苦しい仕打ちを
                     されるのですが、しかし、それでも天子の中庸の徳を曲げず万民の為に対処することで少しずつ通り、
                     長い時間をかけて遂に九ニ(赤ふつ)と会えることができ、よろこばしい結果を得るのです。(乃徐有説) 
                     矢張り大人でなければ過酷すぎてなかなか乗り越えられる試練ではありませんよね。運勢的には
                     困苦の中にありますが、耐え忍び頑張ることで援助者を得て、少しずつ救われます。(小吉)

     ☆上爻 − 爻辞: 困于葛るい。于げつこつ。曰動悔。有悔征吉。(かつるいにくるしむ。ここにげつごつ。いわくうごけば
                 くいる。くいるあっていけばきち。)

             解説&運勢:困卦の極の小人の爻です。陰柔不才で不中でどうにもならない苦しみ極まるところ。葛るいは
                     蔓草、げつこつはゴツゴツした険しい場所。この蔓草に雁字搦めにされゴツゴツした険阻に不安
                     動揺するという酷い状況です。動けば動くほど蟻地獄に陥ったかのように後悔します。しかし、
                     行き詰れば変づるの理で、行いを反省し、改める努力をすれば吉となるのです。運勢的には
                     深く反省して出直す時です。苦しんだ困の時も、もうすぐ終わろうとしています。
                     ・・・と、解説しているだけでも何とも苦しく草臥れてしまう卦です。^^;(小吉)
   

  前の卦、地風升で昇り進み発展向上すると、注意しなければ昇り過ぎて行き詰まり、困り苦しむこともあります。 
そこでこの困の卦を置き、如何いう風に初志を遂げたら良いか、自分の運命をどうやって開くかを説いています。 
そこで大象には、致命遂志 〜 命を致し志を遂ぐ、とあるのです。 せっかくコツコツ努力を重ね、頑張って積み上げて
きた事業も、時に運悪く沢の水が乾涸びるように駄目になることも起きないとも限りません。しかし、易に行き詰まるという
ことはありません。どこまでもクリエイト、リクリエイトをしてやまないのです。そこで升の卦の次ぎに困の卦を置き、
いい気になりすぎては駄目である、升り過ぎた故困るのであると戒めているのです。 困難に対する最良の方法は、
希望を持ち、志を捨てずにひたすら努めることなのです。 苦しい時というのはどうしても自棄になってしまいがちですが、
力のある人ほど困難に直面した際、それに立ち向かい運を切り開いています。 ・・・困難に直面した時は、
「必ず乗り越えられる」と、先ずは心を落ち着け信じましょう。どんな時でも諦めず、志を捨てず立ち向かう勇気が必要なのです。

























 

水風井(すいふうせい) 〜 同じ事の繰り返し、日常の繰り返し 〜

                    − 汲めども尽きぬ叡智と慈愛 養いの井戸 −






 卦辞: 井。改邑不改井。无喪无得。往来井井。ほとんど至。亦未きっ井。羸其瓶。凶。 (せいはゆうをあらためせいをあらためず。
     うしなうなくうるなし。おうらいせいせい。ほとんどいたるも。またいまだせいをきっせず。そのつるべをやぶる。 きょ う。)

 キーワード:養い、不動静居、労働、生活必需、過不足ない、始め傷害後に通じる、油断して失う、三陰三陽の卦、人に施し幸慶 など

 解説&運勢:井は井戸のことです。井戸の古い字は「丼」で、井の中央にあります「、」は、釣瓶にあたるそう。卦象は下卦が木で
         上卦が水。木は細工したもので釣瓶とし、縄をも表し、水中に伏入し、釣瓶が上がり下がり進退するように見ます。
         初爻は水源、二、三爻は水、四爻は井戸側、五爻は汲み上げた水、そして上爻は井戸の蓋とも見えてきます。
         たとえ住む人間の事情によって国や村が変わることがあっても、井戸は居場所を変えず、汲んでも汲んでも涸れず、また、
         溢れ出もしません。そこを行き来する人を分け隔てなく誰でも養ってくれます。しかし、その井戸の釣瓶の縄が底に
         届きそうなのに足りず、また、その釣瓶が破れて水が漏れるようなものは、折角冷たく美味しい水がそこにあるのに
         用いることができないので凶となります。(例えば折角才能があるのに引き揚げてもらえない状態と同じですね) 
         君子たるものは、この井戸のように、民を労い養うとともに、お互いに協力、養い合うことをすすめ、よく励まし助けるべき
         であるというのです。 運勢的には何かと苦労の多い時です。特に家庭や内部に争いが起こりやすい時。辛抱して
         時期の来るのを待ちましょう。そうすれば、得はないですが損することもありません。


     ☆初爻 − 爻辞:井泥不食。旧井无禽。(せいでいしてくらわれず。きゅうせいにきんなし。)

             解説&運勢:井戸の最も深く底の辺りを表します。泥で濁り、人ばかりか鳥までも飲もうとしない、古く汚い廃井
                     なのです。運勢的には残念ながら時運に見放され、努力しても実を結ばない時です。独り善がりの
                     努力よりも、相手のニーズを考えましょう。(小凶)

     ☆二爻 − 爻辞:井谷射鮒。甕敝漏。(せいこくふにそそぐ。つるべやぶれてもる。)

             解説&運勢:水質は良いのですが、汲み上げてくれる人がいません。 釣瓶が壊れ水が漏れているのです。
                     なのでただ井の中の小魚たちにその湧き水を施すだけなのです。応じてくれる手がなく、協力者を
                     得られない不運な時なのですね。運勢的には折角の努力も骨折り損のくたびれ儲けになりそうです。(小凶)

     ☆三爻 − 爻辞:井渫不食。爲我心惻。可用汲。王明並受其福。(せいさらえどもくらわれず。わがこころのいたみをなす。
                 もちいてくむべし。おうあきらかなればならびにそのさいわいをうく。)

             解説&運勢:水は清らかに澄んでいるというのに、その井戸を用いて湧き水を飲んでくれる人がいないのです。
                     道行く人はその井戸水が用いられないことを残念に思い心を痛めます。もしも聡明な王がいて、
                     清らかな井戸水を汲み上げ大いに役立てるようすすめたなら、王も万民も共に幸福を得られます。
                     運勢的には才能があっても実力がなかなか発揮できない時です。しかし、分かってくれる人は
                     必ずいます。投げ出さず、最後まで努力しましょう。(小吉)

     ☆四爻 − 爻辞:井甃。无咎。(せいいしだたみす。とがなし。)

             解説&運勢:井戸の内部が崩れ落ち、水が汚れてしまわないよう石を積み重ね修理するところです。なので、
                     咎のある筈がないのです。運勢的にも内部をしっかり整理しておく時。労を伴い大変ですが(大過)
                     今は準備の時です。(小吉)

     ☆五爻 − 爻辞:井洌。寒泉食。(せいいさぎよし。かんせんにしてくらわる。)

             解説&運勢:六四の大臣が一生懸命修理した井戸の底からやっと、冷たくて清い水が湧いてきて、尽きることなく
                     人々に潤いを齎します。 運勢的にはやっと努力が報われ、発揮できる時です。 人の為に誠意を尽くし、
                     頑張ることが、大きな恵みとなって返って来ます。私利私欲は禁物。(大吉)

     ☆上爻 − 爻辞:井收勿幕。有孚元吉。(せいくみておおうなかれ。まことありげんきち。)

             解説&運勢:地下の湧き水が汲み上げられ万民を潤すように、隠れていた賢人があげられて用いられ、万民の
                     ために大いにその才能を活かす時。才能は決して一部の人のためのものではなく、万民の為に
                     役立ててこそのものなのです。 運勢的には努力を結ぶ時です。井戸が大成した姿で、あなたの徳が
                     広く世間に認められる時です。沢山の人に役立とうという気持ちを忘れず、更に努力を続けましょう。
                     人を喜ばせることが、人徳に繋がります。(大吉)


     昨夜久しぶり友達と長電話を楽しんでいましたが、話をしていて心に残ったのは

     「神社へ参拝に出かけた時、気づいたら自分のことなんかすっかり忘れて、大切な人の幸せを一心に祈っていたの。 
     今までは必ず『自分は自分が我先に!』だったはずなのにね。(笑)後で気づいて、しまった!自分のこと忘れてた!なんて
      思っちゃった。(笑)」

     という友達の言葉でした。  

     先日、弟分のブログに、「祈りにワタクシがあって どうしてそれが祈りか」 という言葉がありましたが、それを意識せず自然に
     行えるだなんて、素晴らしいことと思いますし、なかなかできることではないわと感心しました。

     でもきっと、ほんとうの喜び、幸せって、自分の命が一人でも二人でも、自分以外の人の喜びに繋がると自覚できる時にある、
     何ていうか、魂ととても関係の深いものなのかもしれないね・・・と、しみじみ話していました。

     「妄己利他」(己を忘れ他を利するものは慈悲の極みなり)という仏教の言葉がありますが、自分が生きていることが誰かの
     喜びに繋がるような、そしてまた、そのことによって、自分も喜びを感じられるような、そんな生き方ができたなら、そんな
     幸せなことはないな・・・なんて思います。^^  井戸水のような、汲めども尽きぬ慈愛の心、なかなか真似できませんが、
     そういった美しい精神に近づきたいなと、この卦を得る度思います。