☆ 2分の1成人式 息子の発表 ☆
息子のクラスで2分の1成人式がありました。
「20歳の2分の1の10歳の僕、私の夢や希望」について互いに発表し合うのです。
子供達からの素敵な発表の数々に、保護者達は感無量で拍手し
涙ぐんだりしつつ、私もその中に混ざりしみじみこの10年の
息子の成長ぶりを思い起こしていました・・・・
担任の先生が、
「・・・さて・・・次にお母さん達の中で、生徒さんを出産した時の
思い出深い体験をお話してくださるかたはいませんか?」
という呼びかけをしました。
母親達の反応はモジモジヒソヒソ・・・ 恥ずかしがってうつむき状態。
するとすかさずうちのバカ息子が
「先生!うちのかーちゃんがぜひ話したいらしいです♪」
と、デカイ声で元気良く手をあげました。
ヒイイイイイイ!!!!なななななんということを!!!
担任の先生からニッコリ微笑まれ、
「ではお母さん、お願いします」と、促されましたが、
首を横にブルブル振って
「いえいえ、遠慮させて頂きます」と、
丁重にお断り申し上げました。
すると息子は
「だったらおオイラが話します!かーちゃんはいつもオイラを産んだ時の
苦労話をしつこく家で話すのです!」
などと余計なことを!(滝汗
「・・・では・・・お母さんのかわりにお話しをきかせてもらいましょう。^^
・・・あ、それと発表の時は「オイラ」ではなく「僕」にしましょうね。」
との先生の言葉に息子は「は〜い♪」と返事をしながらわざわざ教壇の前まで進み、
真面目な顔で話し始めました。
「・・・・なんとかーちゃんは!!
ガーン!!
オイラをトイレで産みそうになったのであった!!!」
<(゚ロ゚;)>ノォオオオオオオオオオ!! 周りの保護者達からの刺すような視線・・・
クラスは爆笑の渦・・・・・
「・・・・えとですね、説明します。
「んこ」がしたくなったかーちゃんは、
トイレへ行ったのだがなかなか「んこ」が出なかった。
「ありゃりゃ?オカシイゾ?」
と思ってたら突然大量の「しこ」の方が。
ガガーーーーン!!!
でもそれは「しこ」ではなく「破水」だったのであった!
ギョエ〜〜〜と思ったかーちゃんは、とーちゃんを呼んだが
薄情なとーちゃんは探してもみつからない。 ってヒドくね〜?
なのでかーちゃんは自力でタクシーを呼んで病院へ向かったけど
タクシーのおじちゃんも超ビックリハラハラドキドキ。
『ここで産まないでくださいよ〜〜〜』
というおじちゃんの応援にはげまされ
なんとか無事病院到着。
連絡してあったから車椅子が用意されてて
すぐそれに乗せられ移動。
でももうすでに、オイラ・・じゃなくて僕は産まれかかっていたのであった。
かーちゃんは鬼のようにおっかない顔してヒイヒイハアハアいいながら
お医者さんの所へ運ばれたのであった。
お医者さんの所へ到着ギリギリセーフで
我慢しきれなくなったオイラは一気に誕生したのでありました。
スピード出産めでたしめでたし。
女子のみなさん、もし妊娠した場合は、かーちゃんのように
陣痛と便意を間違えないようくれぐれも気をつけましょう。
発表は以上です。」
・・・・嗚呼・・・・せっかくのしみじみ2分の1成人式がが一転お笑いに・・・・<(T◇T)>
・・・爆笑の中湧き上がる拍手・・・・保護者達からの冷ややかな視線・・・
・・・息子よ・・・この10年というもの、君には全くヒヤヒヤさせられっぱなしだよ・・・(涙
でも母はそんな君が大好きなんだよ。
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☆ 言わない優しさ ☆
今朝から前のHPのサーバーがメンテナンスの為、今日の20時まで停止となって
いた。 皆さん、混乱させてしまってごめんなさいね。 昨日から多数、メールを
頂いて、中には日記や言霊のページに直接アクセスしてくださってる方も多くいて、
「HP閉鎖しちゃったのですか?!」というメールまで頂いてしまった。(汗) まさか
こんなにも早くに引っ越せると思っていませんでしたので、混乱させてしまった方
には大変申し訳ございませんでした。
お陰様で、娘は熱も下がり、少しずつ回復してきた様子。 食欲も出てきて、
峠は超えたかな。
娘を病院へ連れて行き、待合室で名前を呼ばれるのを待っていた時のこと。
ある男の子が声を出して弟に絵本を読んであげていた。 息子と同じくらいか
少し大きい子のよう。 息子は耳を傾けてそれを聞いていた。 そして
クスクス笑いながら、「ねえ、かーちゃん、読むの下手だね。」と言った。
確かに下手だった。でも、その子は精一杯弟の為に絵本を読み聞かせてあげて
いたのです。 私はすぐに息子を待合室の外に連れ出し、叱った。
息子には「言わない優しさ」を身につけて欲しいと願っている。時に正直さが人を
傷つけることもあるから。 例えば、「その服、似合わないね」といきなり恋人に
言われたら誰もが深く傷つくもの。朝、出掛けにさんざん迷った服なのに・・・と。
似合っていない服を「似合っている」と言われるのも傷つくものだけど。
だからそんな時は何も言わないでいて欲しい。あ、失敗したな、似合わなかった
かも・・・ということは、わざわざそんなことを言われなくても本人が十分承知
している場合が多いものだから。 また、 一生懸命相手の為に作ったものを、
ありがとうの言葉以前に一言下手だと言われてしまうのもがっくりしちゃう。
(辛口批評をどうしても求めているのなら別だけどね。)
たとえ嘘だとしても、あえて「言わない」優しさこそ思いやりのある嘘だと思う。
勿論、許されない嘘の方が多いのは当然。 でも、例えば、良い恋愛関係も、
友達関係も、家族関係も、この思いやりのある嘘に救われている部分って、
大きいと思うんだ。 相手を思いやる気持ちから出た嘘は、たとえわかって
しまっても許されるものだと思うから。
きっと、本を読み聞かせていた男の子だって、自分が本を読むのが下手だと
わかっていて、それでも一生懸命風邪を引いている弟の為に読んでいたのだと
思うし、どんなに上手に絵本を読み聞かせられるプロよりも、弟の方だって、
下手で聞き苦しいけど自分一人の為に愛情いっぱいかけて読み聞かせて
くれているお兄ちゃんに読んでもらうのが一番嬉しいことだと思うから。
子供達には、相手の技術やセンスだけに目をやるのではなく、その背景にある
深い思いを上手に汲み取れるような思いやりのある大人に育って欲しいと
願っている。 勿論、その道のプロになれば、そういった甘えは一切許されなく
なるものだけど、その場合でも、厳しい眼差しはまず自分自身に向けて欲しいな。
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☆ 2分の1成人式 娘の発表〜哀しみと希望が詰まったキルト ☆
本日は娘の2分の1成人式でした。^^
娘が何を発表するのかは、当日まで秘密とのことで、一体何かしらと思ってはいましたが・・・
2分の1成人式では、其々子供達が小さい頃の思い出の品、お気に入りの品(ボロボロになった
ぬいぐるみや、お人形、サッカーボール、お宮参りの靴下等)、そしてそれらに纏わる思い出深い
体験談を紹介、発表しました。
娘の番になり、緊張して既に真っ赤なホッペの娘以上に、私はドキドキしながら見守っていました。
すると娘は、手提げバッグの中から2枚のキルトを取り出し、
「これは、私の宝物のキルトです。針仕事がとっても苦手なおかあさんが、私が赤ちゃんの頃に
気に入って着ていて着れなくなった赤やピンクのワンピーで、一生懸命ひと針ひと針手縫いで
作ってくれたものです。 今でもこのキルトがないと、夜は眠れないのです。」
と、大きな声で発表をし始めました。
・・・そう・・・ そのキルトは、私が精神的に随分参っていた頃、孤独な苦しみを忘れる為没頭し、
ひと針ひと針チクチク縫ったキルトなんです。(きっと、私の人生において、最初で最後のキルト作品に
なると思います・・・当時を想い起しますと、私は精神的に相当病んで発狂状態にありましたし、
首の皮一枚の理性で何とか自分を見失うことなく保っていたように思います。本当に、もうちょっとで
ブリトニーのように、ええい、もう!どうでもいいや!スキンヘッドにでもなってやれ!なんてとち狂う
ところでした。^^;;; そんな私を哀れみ縫い物の神様が降りてくださったのではと思います)
その頃、元夫との仲は最悪の状態でした。 娘がまだ1歳、息子が3歳の頃でした。元夫は浮気相手の
女性と本気になってしまい、家族が重荷になったと言われ、離婚を言い渡されていました私は、
異国の地で頼る処もなくこれからまだ幼い娘と息子を抱えてどうしよう・・・と、途方に暮れていたのです。
誰にも相談できず、とにかく、感情的にならないよう、発狂しないよう冷静な判断力が必要でしたし、
子供達にも心配をかけないよう、笑顔でいなければならなかったので、そう思うこともかえって、
私にとってはかなりの負担だったのでしょうね。 気づけば痩せ細り、表情は暗く陰りが見え、
どこから如何見ても不幸を背負う惨めな女の姿でした。
いくら笑顔を装っても、友達には隠しとおせるはずもなく、当時、とても仲良くしていました友人Sに、
「あなた、今にも死んでしまいそうな顔をしてるわよ?!」と、とても心配され、彼女だけには
現状を話しました。 Sは私の話にとても驚きましたが、彼女も仕事を持っていましたので、
ずっと私のそばについていることもできず、かといって、私を独りにしておくのはとても心配ということで、
彼女は信頼できるお友達、Jさんを紹介してくれました。
Jは私と同じマンションに住んでいましたので、何かあったらここへ来るのよと、JのおうちでSは何度も
念を押しました。(酒乱の元夫から暴力も受けていましたので)
離婚についての話し合いは平行線のままで(要するに、元夫は離婚はしたいが養育費や慰謝料は
払いたくないという男でしたので)、話がつくまでは子供達の為にも感情的に別れるわけにも行かず、
このままでは裁判になってしまうかも・・・ 嫌だなあ・・・ と、困りながら、子供達が寝静まると独り悶々と
した夜が続いていました。
このままではお酒に頼って私までアル中になっちゃう・・・という危機感もありました。
ある日、そんな私を見かねたJanaは、
「ねえ、マリ、キルト、縫ってみない? 私、教えてあげるから。」と、誘ってくださいました。
「アハハ、ダメダメ。私は両手が前足@ビックリするくらい不器用なんだから。(笑)」
「そういう不器用な人ほど教え甲斐があるというものよ。(笑)大丈夫。四角で作るキルトなら簡単だから。
・・・布は私の家に沢山あるし、それにね、ひと針ひと針縫い物に没頭したら、嫌なことも不思議と忘れ
られるものよ。(^^」
とのこと。 ・・・暫く考えましたが、お酒で悩みを紛らわせるより余程良いと思い、キルトの縫い方を教えて
いただくことに。 その際、先ずは娘の為にお昼寝用のキルトを作れたならと考え、それなら折角娘が
気に入って着ていて、小さくなって着られなくなったワンピースの布を利用して作れたらなどと思い立ちました。^^
もともとキルトって、布切れを再利用@リサイクルして作ったものですしね。
というわけで、それからというもの、暫くの間は縫い物にのめり込んだのです。
子供達が寝静まると、私はキルトを出してきて、無心にひと針ひと針布に糸を通しました。 ・・・そうやって
出来上がったものがこちら↓の2枚なんです。 一枚は大きめお昼寝用、もう一枚は小さめ携帯お昼寝用。
向かって左側の小さめ携帯用は、外出中ベビーカーの中で娘が眠ってしまった時、とても役に立ちました。

不器用なので、ものすごく時間はかかりましたし、何度も指に針を刺してはアイタタタな思いをしたり、また、
アップで写すととても恥ずかしいガタガタな縫い方ではありますが、お陰でとっても良い思い出の品が
できあがりました。娘もとても喜んでくれて、お昼寝の際は手放せなくなりました。
ひと針、ひと針、私の溜息と悲しみ、そして希望が詰まった、思い出に残るキルトです。

このキルトが完成してすぐ、私は夫と離婚、新しい人生を歩み始めました。
結局、慰謝料も養育費ももらうことはできませんでしたが、かえってその方がスッキリしました。
後になって恩着せがましくガタガタ言われることを思うと、清々したのですよね。
日中は日本食料理店のウエイトレス、そして、夜は日本人駐在員のお客さんが多くいらっしゃるクラブで
働くことも決まりました。(Sの伝で紹介して頂き、ママさんに気に入られてしまったんですよね^^
クラブでは慣れたら占いもする予定でいました)
・・・そんな中、今の夫と知り合ったのでございました☆
・・・ハァ・・・
・・・色々なことを思い出し、何だか今夜は、しみじみとしたお酒になりそうです。
泣き虫で甘えん坊な娘よ、素敵な発表、ありがとう☆
なんだか今日は母まで泣き虫になってしまったよ。(嬉涙)
2007年2月22日
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☆ 自分らしい花を咲かせる ☆
側の公園までブラブラ遠回りしながら散歩した。 最近、公園や道端なんかは美しい花で
いっぱいですね。今の季節って、名も知らない小さな花も所々に沢山咲いています。
野の花は太陽に向かってひたむきに咲く事に全力を注いでいる。そんな可憐な花の様子に
思わず足を止めて眺めてしまうんだけど、その度に何故か自分の人生と重ね合わせてしまう・・・・
若い頃の私は、人目につかないところに咲く花はつまらないと思っていた。
お花屋さんに飾られた、ガラスケースに入っている一番高価な花になりたいなど
とも思ったもの。 その方が、一目置かれる価値があってカッコイイと、その頃の私には
映っていたのね。今思えば、何て傲慢な勘違いをしていたのかと、穴があったら入りたいほど
恥かしく思います。生命の尊さから見れば、同じ花としての価値に全く変わりはないし、
そんな比較の為に姿や能力が違うわけではないのにね。 ホント、お馬鹿で浅はかな若かりし頃。
私は小学5年生の時、胃潰瘍になるほどストレスを抱える子供だった。 でも、その頃は
ストレスが原因だなどと気がつかず、親を喜ばせたくて「いい子」をやり続けていました。
・・・背伸びをして自分に無理を強いてきた結果は、やはり我が身に訪れた。
突然の逆風に煽られ、味わった人生の挫折や絶望。自我崩壊。それまで私が大切だと
信じてきたものは何一つ私を守ってはくれなかった。それどころか、今となっては何一つ
手元に残っていない。残っているのは、私が自ら選んだ「占い師」という人生。 占い師という
人生を自分で選んだ時、虚しさの淵からようやく這い上がれた。 親とは相当対立したが、
それでも長年の苦しみからやっと解放された。「人知れず咲いて、名も残さず土に返っていく」
・・・今はそういう野に咲く強い花のような生き方に、憧れる私になっている。
薔薇は薔薇。菊は菊。それ以外の花は咲かないし、咲かせる必要もない。きっと私達って、
生きる価値について余りにも間違った情報を背負い込んで引きずられ、競争や批判に
疲れ果てて自らをぼろぼろにしてしまっているのではないかしら。でも、それをいくら社会の
せいにしても親のせいにしても、不幸感は何も変わらない。それに気づいたら、自分で
自分の価値感を改めるとか、自分に自由を与えるしかないのよね。
大切なのは一人一人が自分を愛し、自分の人生に最も自分らしい花を咲かせる事。自分らしい
花を咲かせた時こそが一番美しく素敵なはずだから。
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