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| ☆ 経験は財産 ☆ これ以上の苦しみってあるものかとばかりに悩んでいた若い頃、 大先輩の占師から 「こういう辛い経験こそがあなたの貴重な財産になるものよ。」 という言葉を頂いたことがあります。 当時はあまりピンとこなかった この言葉、最近なんとなくですがわかってきたような感じがします。 ・・・例えば大切な友達との意見の相違や誤解、恋人との喧嘩、別れ、 仕事上のトラブルなど、若い頃に出逢う様々な苦労はやがてその人の 個性や生き方のスタイルとなって自然と定着するものだと思います。 先日の日記に年下の恋人について 「ここまで培ってきた知恵や経験、磨いてきたお洒落のセンス等は、 若い頃とは比べ物にならないほど輝きあるものだと思いますし・・・」 と、書きましたが、ただ年を重ねるだけで人間性が深まるものではない のですよね。大人の女性の奥深い魅力の陰には、若い頃からの沢山の 経験、苦悩があるはずですから。 ある女優さんが以前雑誌の対談の中で、この若い頃に出逢う苦悩を 「重石」にたとえて話していたことを覚えています。 「辛い経験や苦悩は心の底に重石となって残るの。その心の底の重石が 大人の女にしか醸し出せない奥深さの正体かもしれませんね。」と。 苦しい出来事や辛い経験は自分を成長させる為の試練。また、困難や 苦しみからしか見えてこないもの、学べないものってありますものね。 例えば深い愛や温かいまごころ、謙虚さなどは、多くの場合、長く大きな 苦しみに耐え抜いてきた人に与えられるものだと思いますから。 経験は財産・・・ 若い頃は、「年齢を重ねたら素敵なマダムになりたいわぁ」 などと安易に思っていましたが、人は大きな苦悩を経験しないまま、ただ 年齢を重ねるだけでは奥深い大人の魅力はなかなか醸し出せないもの なのかもしれませんね。 |
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| ☆ 意外性 ☆ 「私って、本当は〇〇なのに、周りからは〇〇って思われてるみたい なの。」 なんて言葉、よく耳にしますよね。 皆本当の私をわかってくれていないみたい・・・。本当はもっとこう なのに・・・と訴える人もいますが、それでイイんじゃないかな?と 思うんですよね。 わざわざ自ら「私ってホントはこういう人」と訂正付加説明しなくても 気づく人は気づくと思うし、わからない人にわざわざわかってもらわなくて もイイと思いますし。意外性って、自分から「私って意外と」と暴露する ものではなく、「へ〜、意外だね」って気づかれるものだと思いますから。 例えば誰かに魅力を感じて惹かれる場合などは、その人のことを何でも 知りたくなるものですよね。 恋のはじまりの兆候も同じですが、 注意深く相手を知ろうとすることで、「ああ、彼は意外と〇〇なんだ。」 などと気づくはず。 友達でもそうですよね。 何も言わなくてもわかって くれる人はわかってくれるし、いくら説明してもわかってくれない人は わからないものですし。(説明すればするほど言い訳がましく、それを 聞かされる側も鬱陶しく感じることすらあるものですから・・・あ〜あ、誰も 聞いてないのにまた何か語ってるよ、みたいにね) 「意外性」というのは、興味がある、魅力を感じるという前提でなければ なかなか感じ取れない、取ってもらえないものだと思います。 また、誰もがすぐに気づくような「意外性」より、誰も知らない、自分にしか わからない相手の意外な面に密かに気づく事の方が、意外性の価値は 高いというか喜びが大きいと思います。例えば私しか知らない夫の意外な 面を発見した時なんかはとても嬉しくなりますもの。(って結局はのろけ話が 書きたかったんかい?!) そう考えますと、意外な面はできるだけ自ら 説明したり周りに見せずに、本当にわかってくれる人の為にむしろ隠して おいた方が良いのかもしれませんね。 |
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| ☆ かまうこと ☆ 最近の娘の口癖は「ずる〜〜い」「お兄ちゃんばかりいいなぁ」です。(笑) 同じように育てていても、その子その子で個性がありますし、特に娘は 小さい頃から甘えん坊で、人一倍かまって欲しい子なので、例えば私が 少しでも息子に注目したり褒めたりすると、耐えられない程寂しくなり、 あからさまにひねくれたり拗ねてしまいます。 でも、娘ほどではないですが、人は「かまってもらっている」うちはとても 元気でイキイキ楽しくなるものですよね。 例えば私だってこんな風に HPを更新することが楽しいのは、読んでくださる皆様方があってこそだと 思いますもの。 人間ばかりではなく、物でもそうですよね。もう10年ほど愛用している COACHのボルドー色の革の鞄ですが、お気に入りということもあり 出番が多く、しょっちゅうお手入れをしています。 いつもキレイに磨いて いるので、鞄は革独特の味わい深い素敵な光沢が、使い込んだ魂と共に 年々輝きを増しているように思います。 ・・・このように、かまうことによって物にも心が吹き込まれ、命が宿る ものなのですよね。 家も人が住まなくなるとあちこち傷み出し、廃屋と化してしまいます。 かまわなくなった途端、魂が抜けてしまうように・・・。 「心にかける」「気にかける」ことは、「命を吹き込む」ことになり、 美しさや輝きを与えるものだと思います。 自分自身にも「かまう」ことが大切で、身形をかまわなくなった時は女を 捨ててしまった時ですものね。(恐!) ・・・いつもここを気にかけて下さっている皆様、本当に感謝しています。 実は私も娘に負けないほど寂しがり屋のかまってちゃんなのかも しれません。(笑) |
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| ☆ すり切れない優雅さ ☆ ルソーという人(フランスの哲学者で思想家で啓蒙家で、そんで もって小説家でもあってなんとその上音楽家でもあるそうな。凄い 人ですね〜(@o@; 育児や教育、恋愛についても熱く濃く語って いるみたいですね。)がこんな言葉を残しています。 「優雅は美貌と違ってすり切れない。 それには生命があり、たえず新しくなる。 従って三十年の結婚生活の後にも、 貞淑な妻に優雅ささえあれば、 彼女は結婚の最初の日のように 夫の気に入る。」 この言葉と出逢った時、「さすが素敵な事を語ってくれる人だわ!」 と深く頷きました。 以前、女の魅力は心の豊かさにあると思うと 日記に書きましたが、例えばこのルソーの言葉通り、成熟した 女性にしか醸し出せない余裕を感じられる「優雅さ」が、心の豊かさ の表れなんだと思います。 優雅さって、「優しい雅(趣きある美)」 と書きますよね?何もお上品なマダムっぽく振舞うことでも、とって つけたような「アタクシ」言葉を使うことでもなく、その人なりの、 誰の真似でもない、長い年月を生きてきた中で育まれた経験から の知恵と精神が宿る人間性、そんな魅力的な持ち味を生かし、 相手を楽しく豊かな気持ちにさせる優しい美しさのことだと思うの です。どんなに美貌が衰えようとも、体型が崩れようとも、年を 重ねようとも、優雅さだけは年を重ねれば重ねるほど心がけ次第 ではかえって磨きがかかるものだと思います。人が毎日会いたく なって、失うと困ってしまうような魅力的な人間性・・・そんな人の 心を惹き付け離さない魅力を持つ人は、幾つになっても美しい オーラを放ち、輝いているものだと思います。 ・・・すりきれない優雅さ・・・・女として是非身につけたいものです。 |
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