☆ 他人を羨む気持ち ☆
女は欲張りな生き物だなんていいますが、小1の娘も然り。(笑) 友達の持っているものが何でも良く見えて仕方がないようです。 類は友を呼ぶのでしょうか。娘の友達もまた、他人のものがとっ ても素敵に見えるそう。 仲良し友達5人が集まれば、10秒に 一度の割合で誰かの「いいなぁ〜・・・」という溜息交じりの声が 聞こえてきます。 「そのうち彼氏の取り合いなんか始まっちゃったりして。(笑)」 と、娘の友達のお母さん。(確か一昔前、マツモトキヨシのCMで 「何でも欲しがるマミちゃん」ってのがありましたっけね) ・・・思い起こせば私も昔々の若い頃は他人の持っているものが 何故かとても良く見えて、自分の持っているものは何となく つまらなく感じていたように思います。他人のものは勿論、他人の 彼氏や、他人の持っている魅力や才能なんかにも羨ましいと 思ったり。身近な誰かが脚光を浴びる度、自分がとても小さく つまらない人間に思えて、素直に心から喜んであげられなかったり、 また、そんな自分が嫌になったり・・・。 例えば女の子って大人への憧れから、お母さんの口紅をコッソリ 塗ってみたり、魅力的な憧れのお姉さんの真似をしたがりますよね。 真似をすることは決して悪いことではないと思いますし、憧れの人の 生き方をお手本にしたいと思うことは素敵に生きる目標にもなり ますが、素敵だなと思う誰かのスタイルを表面だけ真似してみても 全っ然似合わなくて、ガッカリした経験のある方って多いのでは ないでしょうか。 パッと綺麗に咲き誇る美しい花に思わず目を 奪われ手を伸ばし、摘み取って家に持ち帰り植木鉢に植えたとしても、 根を残したままでは美しく咲くわけがないですものね。そこでやっと 憧れの人の魅力の元が目に見える「花」ではなく内側に潜む 「根」にあることに気づき、「自分らしい魅力」を育むことの大切さを 学習するのではと思います。 ただ、他人のものが素敵に見えて羨ましく思える時って、本当に 自分はそれが欲しいのか、只単に自分の心の渇きや虚しさを 埋める為に欲しいだけなのかを見極めることが大切ですよね。 ・・・と、また酔っ払いながら偉そうなことを語っていますが、私も まだまだ欲張り根性健在でして、末は業突婆さんになっている 可能性が極めて高いと予言しておりまが・・・。(笑) それでも最近は欲張りなりに自分の器を冷静に見つめ、身の程を 弁えることを少しずつ学習し(笑)、本当に欲しいものや大切なものが わかってきたように思います。きっとそうやって自分の生き方に 自分なりの幸せを感じ、自信が持てるようになってくると、自然と 気持ちに余裕や潤いなんかが出てきて、他人を羨むようなことが なくなるものだと思いますし、他人の成功や幸せを心から祈れる ようになるものかもしれませんね。
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☆ 柔軟性 ☆
Aちゃん家族と動物園へ行ってきました。 気候も良く家族連れや
カップルなどでいっぱいでした。 子供達は大喜びで走り回り、
動物を見ながら知らない子達ともあれこれ話し合ったり笑い合ったり。
そんな子供達の姿を眺めながら
「・・・大人になるとさぁ・・・どうして人付き合いが苦手になるのかね?
子供の頃ってあんな風に無邪気に誰とでもすぐ打ち解けられたはず
なんだけど、大人になるにつれて心が少しずつ萎縮しちゃうのかな、
保守的で頑固になってくるんだよね。」
と、Aちゃん。
「そうね〜、大人になると、なかなか自分に合った友達が見つかり
難くなるって溜息をつくこともあるけど、そうじゃないんだよね?
それは自分が招いた結果というか、自分の心に柔軟さがなくなった
だけなんだよね。それを気の合う楽しい人ってなかなかいないと
思うだなんて、自分の魅力のなさを棚に上げて周りのせいにした
身勝手な感情かもね。」
「アハハ、そうなんだよ、大人になると自分をすっかり棚に上げて
傲慢にはなるわ図々しくなるわ融通は利かなくなるわ恩着せがま
しくなるわ・・・私さ、子供の頃そんな母親が嫌いだ〜〜って思ってた
ことがあったけど、そんな母の嫌な所が似てきてることにハッと
気づいて恐ろしくなることがあるんだよね。(汗)ダメだね〜、気を
つけなきゃ・・・」
・・・偶然居合わせた同じ年頃の子供達は、ゴリラの母親が抱いている
可愛らしい赤ちゃんを指差し、嬉しそうに話し合っています。
子供の頃は純真無垢で無邪気だったはずが、大人になるといつの
まにか心に邪気や手垢がついてしまうのでしょうか。
筋肉も使わないとその柔らかさを失い硬くなってしまうように、心も
自分勝手な先入観や思いばかりを優先させて、自分に都合よく
楽をしようと思えば思うほど、柔軟さを促すはずの心の余白部分に
邪気や垢がついて凝固まってしまうのでしょうかね・・・。
・・・幾つになっても柔軟な心を持ちたいね・・・と、無邪気な子供達を
眺めながら、Aちゃんと二人、思ったのでした。
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☆ 美味しぃ〜♪ ☆
子供達が学校へ行っている間、夫とデート。^^ 雑貨をゆっくり見た後、
パスタが美味しいと評判のイタリアンレストランでランチ。 評判通りの
美味しいパスタに彼と二人で「う〜ん、美味しぃ〜〜〜♪」と舌鼓。(笑)
・・・夫と知り合う前は、飲酒の楽しみしか知らなかった私ですが(ご縁の
あった男性も皆かなりの酒飲みでしたし)、美味しいもの好きで料理上手
な夫と知り合ってからは「食の楽しみ」を覚えました。
・・・そういえば、以前付き合っていた男性で、食事に出かけても
「美味しい」という言葉をなかなか言わない人がいました。 「もう少し
生クリームの量を加減しないと味が下品だ」だとか、「焼き方がイマイチ」
だとか口を開けば出された料理のケチばかりつけていたような記憶しか
残っていません。なので彼と食事をしている際、それがたとえどんな高級
料亭で頂く料理でも、心から美味しいと感じたことが少なかったように思い
ます。(それが直接の原因というわけではないのですが、確か彼とは3ヶ月
くらいで別れました)
夫と知り合ってから、食事が楽しくなったことの一番の理由って、きっと
彼が食事の度に発する「美味しい♪」という言葉にあるのだと、最近思うよう
になりました。 「美味しい」って、例えば「ありがとう」「嬉しい」「ごめんね」
のような、日常の何気ない言葉なんだけど、でも意外と奥が深くて、その
言葉を発した方と受ける方の心が響き合うような、お互いが幸せな気持ち
になれる言葉なんだと思います。言葉は言霊、魂が込められていると
いいますが、まさにそうで、「これ美味しいね」と笑顔で言われると、なんだか
ホッと心が温かくなって、笑顔で頷き、「うん、ホントに美味しいよね♪」なんて
応えながら幸せな気持ちになって、「有り難いなあ・・・」だなんて、美味しく
頂けることに感謝したくなったりするものですから不思議です。食事って、
「何を」頂くかより、「誰と」頂くかで随分味が変わるものですよね。(^^)
・・・と、これ以上書くと、どんどんおのろけモード全開となりそうなので、
迷惑をかける前にこの辺で。(笑)
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☆ 家事 ☆
「女らしさ」という死語になりつつあるテーマの中には、「几帳面でキレイ好き、
手先が器用でお裁縫やお料理が得意」という歴史的な思い込みのような
もの(昔は疑いようもなく「女は家事をする人」でしたし)もありますよね。
私もよく昔から「女の子なのにお部屋が散らかっていてだらしないわねぇ。」
だとか、「女の子なのにお裁縫が苦手なのね」などと言われ続け、キレイ
好きで家事が好きじゃなければ女として失格なの?お嫁に行けないの?
どうしよう!困った!という恐怖に苛まれていたように思います。(笑)
そんな風にして大人になった私は、未だに家事が苦手ですが、一度は
追い出されたものの、2度目は寛大なパートナーに恵まれ、今のところ
何とか追い出されずに済んでいるようです。(ホッ・・・)
躾もあるでしょうが、これって本人の性格や素質もかなり左右しますよね。
だらしない私の娘は躾けた覚えもないのに几帳面@家事大好き
なんですから。(笑)
・・・そんな娘にお尻を引っ叩かれながらも日々それなりに主婦として
「あ〜あ」と溜息をつきつつ家事をこなしているのですが、この「女なのに
家事が苦手」という子供の頃からの後ろめたさも捨てたもんじゃなくて、
例えば滅多にあることじゃないのですがホントに極々たま〜にですけど
奇跡的に美しく美味しく仕上がった厚焼き玉子に涙が出るほどの感動を
覚えたり、手先が不器用なりに一生懸命子供達の為にキルトを縫い上げ
た時の激しい達成感だとか(でももうあれが最初で最後かも・・・針仕事運
を一生分使い果たした気分)、決死の覚悟で隅々まで掃除をし終えた時の
清々しい爽快感を思うと、ああ、気持ちがいい!私って何て幸せなの?!
などとひとときの悦楽(笑)に浸れちゃうんですよね。 あの快感、高揚感は
家事が苦手な人間だからこそ味わえる 「なんだ、私だって頑張ればここまで
できるんじゃない?!」という励みにも似た達成感、喜びのように思うのです。
占いでも幸運を呼ぶ為には水晶を置いたりお札を貼ったりするよりお部屋を
キレイにお掃除することが一番のお清め効果開運に繋がるってものですし・・・
なので「別にいいじゃん、家事なんか苦手でも!」と開き直るんじゃなくて、
本当は美しく気持ちよくありたいという欲求を消すことなく、家事が苦手
という後ろめたさは持ち続けた方が良いのかもしれません。
・・・などと前向きな思いを巡らせながら散らかり放題の部屋を見渡し、
お掃除をしなきゃなぁ・・・・と、深ぁ〜く溜息をついてみたりして・・・・。
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