☆ タイミング ☆
・・・引越も大詰めとなり忙しさが増している今日この頃ですが、お陰様で
心配していました風邪を拗らせることなく荷造りに専念しています。^^
忙しなく荷造りに専念しながらふと、
「・・・それにしても決まる時ってのはあっさり決まっちゃうものなんだなぁ・・・」
なんてしみじみ思ってしまいました。 なかなか良い物件が見つからない
だなんて、家族一同途方に暮れていたのが嘘のようで信じられません。
こういうのって、やっぱり運というか縁というかタイミングですよね。^^
人知を超えた「何か」に動かされて、導かれるままご縁があって・・・と考えると、
結婚や就職なんかも同じかなぁなんて思います。
必死になって右往左往齷齪探している時ってなかなか見つからなかったり
するものですが、結論を急ぐことなくある程度成り行き任せでいる方が、
かえって驚くほどすんなり決まってしまったりするものですよね。
そう考えると本当に不思議ですよね、ご縁やタイミングって。機が熟す頃には
自然と次のステップが用意されるものなのかもしれませんね。
・・・なんてことを考えながら本棚に並べられた本をダンボール箱に詰めたり
していました・・・☆☆(お陰で爪が割れて大変・・・(涙)荷造りって指先に
かなり負担がかかるのねぇ〜(泣))
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☆ 恕 ☆
先日「人それぞれ」と題して日記を書きましたが、人付き合いってなかなか
難しいものですよね。
孔子の弟子の子貢が、ある日、孔子に
「人生において大切なことを一字であらわすと、何という字になりますか」
と尋ねた時、孔子は、
「恕」
と答えたといいます。 (怨じゃないよ!)
「恕」とは「思いやり」「相手の立場に立ってみる」ということで、人間関係では
そんな極々当たり前なことが一番難しかったりするのではと思います。
自分がして欲しくないことは、他人にしないこと。 この言葉を発する(態度を
とる)ことで、相手はどんな気持ちになるかを想像すること・・・
頭ではわかっていても、つい我を通してしまいたくなることって、情けないかな
この年になってもあるものです。 きっと死ぬまで難しい課題なのではと。
自分とは気が合わない相手に対して、如何に身を処すかで人間性が推し
量られるものですよね。
人間って自分が受けた差別や侮辱には敏感なくせに、一方で全く気づかず
平気で他人を侮辱したり傷つけたり失礼な態度を取っていたりするもの
かもしれません。
年を追うごとに頑固になって自分だけが正しいような顔をし、まるでピーコの
辛口チェックのように、頼んでもいないのに人様に意見する人もいたりします
が、自分とは正反対の意見にも耳を傾け、尊重し、許すゆとりを持つことが
大切なのではと思います。
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☆ 忙しい時ほど瞑想 ☆
あっという間に一日が終わってしまいました・・・。^^; あまり忙しぶるのは
好きじゃないのですが、一ヶ月ぶりのお仕事は身が引き締まっていいもの
です。 忙しいことは有難いこと・・・ですものね。 はい。
私は本質が恐ろしくグウタラ&怠け者なので、幼い頃から親からはことごとく
注意されましたが(教師だったのでね、タハハ・・・)、今となっては自分が親の
立場なんですねぇ。 驚いちゃいますよ。(笑)
誰も叱ってくれなくなるのは寂しいですが、その分自分で自分を叱り飛ばさ
なければならなくなりました。^^; あれほど鬱陶しいと思っていた親の厳しい
お説教が懐かしく思えてしまったりして・・・(笑)
占い師の仕事って、特に私のように全くフリーでやっている場合、とても孤独
なお仕事なんです。 いちいち「こうしろ、ああしろ、あれはいけない、これは
どうだ」と親切にいってくれる人もいませんし、「これでいいのかな」と思っても
人に訊いたりすることもできないので・・・。 自分なりに客観的に自問自答
しつつ、自由と引き換えに主体的に動かなければなりませんのでね。
これは自分で選んだ道ですが、それでも迷ったり悩んだり心がざわついたり
した時などは、自身を律する為に時折和室で正座して瞑想しています。
忙しい時ほどね、10分でいいのです。 心を真っ白に静かに瞑想すると、
それまでざわついた心のゴミが取れて、上がりすぎてたテンションがクール
ダウンされて・・・これも一種の浄化作業なのでしょうか。心身が軽くなる感じが
するのですよね。お香を焚いたりすると更に効果大@神経集中瞑想タイム。
これにかな〜り助けられてます。はい。^^
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☆ 賞賛は後からついてくる ☆
「私は作曲家(作詞家)になりたいのですが、有名になれると思いますか?」
「例えばこんな曲を作っているのですが」「こんな絵を描いてますが」
「認められるような作家になるにはどんなことを書けばいいでしょうか?」
「どんなものを作ればウケるでしょうか?」
というようなご相談を頂くことが多くあります。 中には大量の曲や物凄い
ファイルの量の原稿を添付して鑑定依頼メールを下さる方もいらっしゃいますが、
私は占い師ではありますが、プロの作詞家や小説家ではありませんし、せっかく
作品を送って頂いてもそこまで評価できる才能は持ち合わせてないのです。
勿論、仕事運、適職、向いているお仕事、成功の可能性などは占うことはでき
ますが、そこから先はご本人次第になると思うのです。
世の中で認められ、有名になっている人というのは、きっと、有名になるには
どうしたらいいか、人の注目を浴びるにはどんな作品を作ればウケるのかなどと
じっくり考える人は少ないのではと思います。 きっと、他人の目よりも自分が
表現したいことに夢中になり、時間を忘れて作品作りにひたすら魂を注ぎ、
没頭しているのだと思うのです。 評価や賞賛は後からついてくるものだと思い
ますし、それに自分が満足していなくて得られるものでもないですものね。
「さて、私はどうすれば周りが喜ぶような作品が作れるのか?」
なんて人に尋ねているようでは、その時点でその作品が既に他力本願的で、
自分の熱意より他人の目を激しく意識してしまっていることになりますよね。
そうすると結局はその人のせっかくの持ち味も消え、魂を感じられぬ面白みの
ない無難な作品しか生まれないと思うのです。
「賞賛を求めようと思わない人に対しては、それを積み重ねることによって
神は与えるものである」
と、ヒルテーという人も言葉を残していますが、他人の評価、賞賛というものは
後からついてくるものですし、例えば先日書いた「HPのアクセス数」のように、
結果であって目標にするものでもないのでしょうね。
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