☆ ほんとうのしあわせ ☆
昨夜は久しぶり友達と長電話を楽しんでいましたが、話をしていて心に残ったのは
「参拝の時、気づいたら自分のことなんかすっかり忘れて、大切な人の幸せを一心に
祈っていたの。 今までは必ず『自分は自分が我先に!』だったはずなのにね。(笑)
後で気づいて、しまった!自分のこと忘れてた!なんて思っちゃった。(笑)」
という友達の言葉でした。
先日、弟分のブログに、「祈りにワタクシがあって どうしてそれが祈りか」
という言葉がありましたが、それを意識せず自然に行えるだなんて、素晴らしいことと
思いますし、なかなかできることではないわと感心しました。
でもきっと、ほんとうの幸せって、自分の命が一人でも二人でも、自分以外の人の
喜びに繋がると自覚できる時にある、何ていうか、魂ととても関係の深いものなの
かもしれないね・・・と、しみじみ話していました。
「妄己利他」(己を忘れ他を利するものは慈悲の極みなり)という仏教の言葉が
ありますが、自分が生きていることが誰かの喜びに繋がるような、そしてまた、その
ことによって、自分も喜びを感じられるような、そんな生き方ができたなら、そんな
幸せなことはないな・・・なんて思います。^^
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☆ 思い上がりの気持ち ☆
HPを運営していますと、嬉しいメールばかりではなく、時には批判的なメールを頂く
こともありますし、失礼だなと感じるような、がっかりするようなメールを頂くこともあります。
公開している以上、色々なご意見をお受けするのは当然なのですが、失礼だなと
感じたことって、その一言一言がムカムカッと心の中でこだわりとなって残り、気づけば
いつまでも気にして執着してしまっているのですよね。
そのムカムカは一体何かと言うと、私に反省する点があるよというサインなのだと
気づきました。
「なんなの、この人。いきなり失礼ね。一体どういうつもりかしら?私なら絶対こんな失礼な
ことはできないわ!」
これです。 この、「自分なら決してこんなことはしない、相手の無礼に我慢できない」
という思い上がりの気持ちです。 そうやって相手を責める優越性のような、
驕りの気持ちが出るから腹が立ち執着しちゃうんのだと思います。 何故、この人は自分に
対しこういう気分の悪い態度を取ってくるのか、何故、私は気分が悪いと感じるのか。。。
ムカムカ執着している時って、そこまで冷静に考える謙虚さ、余裕が全く持てない
「自我の塊」のような時なのですよね。
沢山の嬉しいメールを頂くと、単純な私は喜んでつい有頂天になってしまいます。
しかし、そこであらためて謙虚に自身を省みることができるか、いい気になって
思い上がるかが運命の分かれ道なんですよね。 頭では「謙虚さが大切」と
わかっているのですが、人間ですからつい驕りの気持ちが顔を出してしまう時も
ありますし、時折頂きます、読んでいてムカムカガッカリしてしまうメールはきっとそんな
私に、「いい気になるな」「いつも褒めてもらえると思うな」「自惚れるな」と、警告して
くださっている貴重な苦言、啓示なのだと受け止めなければ・・・と、思いました。
(・・・難しいことですが・・・)
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☆ 施し ☆
微熱が続く息子を病院へ連れて行きましたら、喉が赤くなっていることが判明。
3日分のお薬を頂いて参りました。 私も序でに偏頭痛のお薬を頂き、
恐怖の肝機能検査を受けてきました。^^;;; 結果は明日には出るそう・・・(恐!)
・・・息子の看病をしながら、我が子には当然のように愛を与え、早く回復してくれる
ことだけを祈り、看病の見返りなど求めないものなのに・・・何故他人になると図々しく
求めてしまうのだろうか・・・と、ふと考えてしまいます。 本当の愛ってきっと、
マザー・テレサのように、たとえ全くの他人であっても、家族同然に思いやれる
深い愛のことをいうのだろうな・・・と、しみじみ思います。
友情に亀裂が入る原因のひとつに、お金の貸し借りがありますよね。 その昔、
若かりし頃、とても仲良しだった大切な友達K子がいました。彼女は贅沢が似合う
華やかな美しい女性で、その美貌とセンスを活かし、モデルのお仕事をしていました。
(よく仕事が終わると六本木なんかで待ち合わせしたりして夜遊びに出かけてました)
そんな中、私は元夫と結婚し、仕事をしながら主婦業をやることになりました。
当然毎晩夜遊びなどできる境遇ではなくなり、自然とK子との交流も疎遠になった
のです。 時折電話で連絡を取り合っていましたが、彼女の声に張りがなくなりつつ
あるのが気になりました。(バブル崩壊の頃でした・・・)
そんなある日、K子が突然、私の家をたずねてきたのです。
理由は「10万円貸してほしい」とのこと。 私はとても驚きました。
何故なら彼女は、「10万20万なんて、一晩であっという間になくなっちゃうよね〜」
などと、豪勢なことを語っていましたから。
私は結婚して主婦になりましたし、仕事といってもぐうたら占い師ですから、収入は
決して多くはないですし、占いの勉強の為の教材を買ったりするので、殆ど消えて
しまっていました。(って、それは今もだなぁ・・・ハハハ・・・) それでも、プライドの
高い彼女が切羽詰まって借りにくるということは、余程困っているのだろうと、
無理をして10万円を彼女に黙って手渡したのです。 彼女は泣いて喜んでくれて、
「助かった!ありがとう!!来月には必ず返しに来るから!」と言葉を残し、
いそいそと去って行きました。 しかしそれっきり、彼女から連絡がくることはありません
でした。 電話をかけてもいつも留守で、そのうち電話も繋がらなくなりました。
私は何か、騙されたような、口惜しいような哀しい気持ちになってしまったのです。
それまでは、お金の貸し借りは不和のモトという言葉をよく耳にしましたが、
そんなの貸す方が悪いんじゃない。などと、高をくくっていました。 でも、実際
経験してみると、苦しいものですよね。 苦しくなる自分がまた嫌で、なんて心が
狭いんだろうと嘆いたり、なんてお人よしなんだろうと後悔したり。
義理にかられて無理に貸したばかりに、いつまでもK子のことを思い出すようになる
のです。
その時、幼い頃拝聴したお布施について、施しについてのお寺での法話を、
しみじみ思い出したのです。 「一度誰かの為に手放したものを、返してくれと要求
することはやめましょう」 「愛も物もあげっぱなし。そうすれば腹も立ちません。」
「無理は禁物、できる範囲で、できることを」 当たり前のような色々な言葉が
心を抉るように駆け巡りました。
・・・そっか・・・私は分不相応に無理をしてしまったからいつまでも根に持ってしまっ
ていたのだ。10万円は無理だけど、できる範囲、例えば3万円でも5万円でも、
目を瞑って手渡せばよかったんだ。 私には10万円なんて大金、すぐ用意するのは
無理だけど、でも、その代わりこの5万円はもう返さなくていいから・・・そうするべき
だったと、貸したことではなく、自分の施し方に問題があったんだと反省しました。
そうしていれば哀しい思いもせず、彼女との友情も失わずに済んだかもしれません・・・。
(・・・と、これを書いていてふと思ったのですが、10万円ってアタシにとっては未だに
大金って思いますが・・・大金ですよね??)
人に何かをしてあげて、やがてそれが憎しみに変わってしまう・・・と考えますと、
「してあげる」というのは思い上がりの気持ちなのかもしれません。 助けてあげた、
貸してあげた・・・してあげたのではなく、させて頂いた、喜んで頂けて嬉しいという
気持ちが持てたなら、喜びに変わっても、憎しみに変わることなどないですものね。
・・・と・・・ 長くなってしまいましたが・・・。 息子の熱も少しずつ下がってきたようで
ホッとしています。 「鍋焼きうどんが食いてえ」そうなので、母@アタシは食欲が 出てきたことに単純に喜びつつ、張り切って(笑)作りたいと思っています。^^
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☆ 素直な気持ち ☆
今日は久しぶり仲良し友達、Yさんとランチデートだったのですが、待ち合わせ場所に
到着した彼女の表情が何となく浮かない感じが気になりました。
「何かあったの?」 と、訊ねてみますと、
「・・・実はな、〇君(彼女のご主人)、アメリカ転勤になったんよ。・・・また一からやり直し
やわぁ・・・ いややなぁ・・・」 と、溜息。
「アメリカ転勤?! だってもう外国転勤の話はなくなったって・・・」
「それが外資のオッソロシイとこなんよなぁ・・・折角マリさん、こんな近くに引っ越して
きてくれて、メチャメチャ喜んでたのに・・・ あ〜あ、また船便と航空便に荷造りして、
家探したり車買ったり、家具をリースにするか悩んだり・・・ 子供達の学校のこともあるし、
もう向こうに日本人の知り合いはおらんしなぁ・・・ 車の免許も取り直しやわ・・・ (哀)」
彼女との出会いは7年前、子連れ同棲の為、当時夫が住んでいた家(アメリカでした)に
転がり込んだ頃になります。彼女は夫の同僚の奥さんだったのですが、何故かとても
気が合い、急速に仲良くなりました。
夫も彼女のご主人も、帰国後も相変わらず転々と転勤を繰り返していましたが、
そんな中、去年偶然、彼女の家の近くへ引越しが決まり、お互いとても喜んでいたのです。
引っ越してからはしょっちゅう家を行き来したり、家族ぐるみで遊んだりと、気の合う彼女と
過ごす時間はいつもあっという間に過ぎました。
「・・・そっかぁ・・・ また寂しくなっちゃうね・・・ 」
と、私まで一気にテンションが低くなり、ショボーンとそう呟いてしまいました。
「・・・うん、寂しくなるなぁ・・・ マリさんとまた離れるの、いややわぁ・・・」
と、泣きそうな顔で私を見つめました。
本当はもっと、前向きな、元気が出る気の利いた言葉をかけてあげたかったのです。
一度住んだ経験のある場所へ戻るのだし、なかなかできる経験じゃないし、大変だろう
けど子供たちにとっても良い経験、チャンスになるかもしれないし・・・など・・・。
でも、いくら前向きな言葉をと考えても、外国生活の大変さはよくわかりますし、それよりも
寂しい気持ちに圧倒され、無理に元気が出る言葉を探して声にしても、空々しく聞こえて
しまいそうだったのです。
・・・それでもせめてもっと明るい言葉をかけてあげられたら良かったのに・・・と、帰宅し、
家の中を片付けながら少し後悔していました。
そんな中、暫くして彼女から携帯にメールが入ってました。
「大人になっても、寂しい時に『寂しいね』って素直に言い合えるのって、なんかいいね。
寂しいって言ってくれてありがとう。 嬉しかった。(^^)」
彼女からの温かいメールに、それまでの後悔や寂しい気持ちがちょっと和らぎました。
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