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                        ☆ 神様の目のつけどころ ☆


              待っていてるだけではせっかくの幸運も逃してしまう。それは良くわかるけど、では
              せっかく回ってきたチャンスを上手に掴むコツってあるのでしょうか?・・・これは占師を
              していて良くある質問ベスト3に入るかもしれません。 どうすれば運を掴めるか・・・
              確かに、良い運を自分に引き寄せるにはテクニックも必要かもしれません。 運の良い
              時は、何もしないで黙っていてもそれなりのものは回ってくるかもしれませんし。また、
              何か良い事がありそうな、それらしき予兆を感じる事もあるでしょう。 でも、しっかりと
              上昇する波に乗るためにはそれなりの心構えが必要になってくるんだと思うのです。
              ただ焦って何か行動を起こさねばと、がむしゃらに幸運の波にくらいついて行くのではなく、
              やるだけのことをやって、あとは運に任せるという姿勢が、運に味方してもらうコツ
              なんだと思います。 まさに、「人事を尽くして天命を待つ」ってことでしょうか。つまり
              自分が事前に努力をしたことに対する自負心を、一度手放す事が大切なんだと思うのです。
              当然、上昇運を掴む為に努力をするのだから、「こんなに頑張ったのに」とか、「努力を
              したんだから、当然良い運を掴めるはずだ」と思うのも無理はないし、そんな自信を
              持てるほど頑張ったのなら、とても素晴らしいことだと思います。 でも、今一度、謙虚に
              なり、頑張った事を忘れてしまう。 努力したことに執着を持たない。 執着は
              かえって心を苦しくする事がありますものね。 それができるかどうかがその人の器量の
              大きさを物語るのではないでしょうか。 「頑張ったこと」を忘れられる人に、運は味方する。
              ・・・神様の目のつけどころというのは、たぶんその辺にありそうですから・・・。






























































 



                ☆    許し合える関係    ☆


      ・・・昨日の日記にも書きましたが、世の中色々な価値観を持った方がいらっ
      しゃいますし、全ての方にわかって欲しい、認めて欲しいなどとは思っていません。
      むしろ私が書く文章を不快に感じたり文句のある人もいらっしゃることと思っています。 
      でも、色々な人のご意見ひとつひとつに自分を合わせていたら、私が私ではなく
      なってしまいますし、傲慢かもしれませんが、今後も基本的にあるがままに無理せず、
      自分を信じて自分らしく書いて行けたならと思っていますので、宜しくお願い致します。 
      賛否両論(?)の水煙草は、Madam Drinkerの解析を見ますと検索からやって来る
      方がとても多いようです。それだけ珍しく、「やめて欲しい」という反応までも来る
      くらい(笑)興味を引くものなのだということかもしれませんね。^^
      私は、自分にとって否定的な厳しいご意見、ご批判などを頂いた際に、一番身近に
      いて私を良く知る夫に相談しています。 私は自分に甘いところがありますし、
      自分のことってなかなか自分ではわかり難いものですよね。
      批判されるほど人としてなっていないのか、問題があるのか、それともただの
      嫌がらせなのか、善意の押し付けなのか、客観的に見つめなおすためにも
      「如何思う?」と、尋ねてみます。 夫は時には厳しく、また、時には呆れながら
      も感じることを話してくれます。(いつもありがとう☆)
      時折「マリアさんって、何か力強いパワーを感じますね」と、占い師にとっては
      嬉しい言葉をかけて頂いたり、魔除け水晶を送らせて頂いた方からも、
      「マリアさんのエネルギーを感じています」というお言葉を頂いています。
      「そのパワーはどこから出てくるのでしょうか?」と、尋ねられることもありますが、
      もし、出しているのだとすれば、これは私一人が出しているものではなく、
      夫をはじめ私の周りの大切な人達から沢山頂いている温かいパワーなのだと
      思っています。 どんなにお金があっても、どんなに地位や名誉があっても、
      自分をわかってくれる人が誰もいなければ、それは空しい人生になってしまい
      ますよね。 たった一人でも、自分をわかってくれる、認めてくれる人がいるだけで、
      生きることがとっても楽しくなるものだと思います。 その、楽しくなるプラスの
      パワー(幸せパワー)が自分に自信を与えてくれて、その自信が更なるパワー
      となって、人様に与えられるだけの力になるのではと思っています。(なので
      占いの仕事は幸せな時、心に余裕のある時でなければできない仕事なんです。
      心に余裕がなければ自分のことで精一杯で、人様にパワーを与えることなど
      できないと思いますから)
      そんな自信に繋がる許しあえる関係は、互いのありのままを受け入れ、認めなけ
      れば築けないものと思います。 自分を認めてくれる相手との関わりから信頼が
      生まれるものだと思いますし、信頼に勝る心の安らぎはないと思っています。
      私にパワーがあるとすれば、それはきっと、今、全てを許される関係に恵まれて
      いるからなのではと思っています。 無理をしなくても許してくれる人がいれば、
      何を言われようと強く生きられるものなのですね。 この年になってあらためて
      感じていることですし、感謝していることなのです☆
































































 




                           傷つけ合わない関係が好き


            昨日は息子とA君の深い友情について日記に書かせて頂きましたが、

            「A君が一番の親友なのね。 A君のどんなところが好きなの?」

            と、息子に尋ねてみましたら、答えは至ってシンプルでした。

            「だって、アイツと一緒にいたら楽しいし、嫌な思いをしないから。」

            その後、

            「かーちゃんこそ、LさんやAちゃん(A君のお母さん)のどんなところが好きなの?」

            と、質問され、暫し考えた後、

            「・・・親としてちょっと気の利いた答えを考えてみたけど出てこないわ。(笑)私も同じ。 
            一緒にいて心地良いから。安心だから。傷つけ合わないからかな・・・」

            と、答えました。


            何でも洗い浚いお互いを全て把握し合い、時に相手について知らないことがあると、「どうして
            黙ってるの? 何故言ってくれないの?!」と、責めたり、真夜中でも辛いことがあると遠慮なく
            電話をしたり、言いたいことをズケズケ言い合えることが親しみの証というような、関係を深い
            ものにするという考えもありますよね。


            でも、私はそういった関係が苦手です。

            「どうしてあんな変な男と付き合うの? 馬鹿みたい。」

            「その服似合わないね。そんなのどこで売ってるの? センスを疑われるわよ。」

            「私が死ぬほど悩んでいる時に出かける方が大切なの?!」

            「そういう考え方ってオカシイんじゃない? だいたいアナタはいつも〜〜〜」

            「アナタがそうだと一緒にいる私まで哂われるわ。」


            手前勝手かもしれませんが、相手がこういう言動を始めると、逃げ腰になります。

            また、「気づいたことがあったら何でも言って。」と、お願いされることがありますが、親しいからこそ
            なかなか言えないものです。

            自分が言われたくないことは、なかなか言えないものですし、それでも言わなければならない時は
            別れを覚悟の上でなければ難しいものだと思うのですよね。

            友達関係って、勇気付けたり、元気付けたり、励ましたりはいくらでもしていいですが、相手が全く
            望んでいないことは、そう簡単に言ってはいけないもの・・・と、個人的に思います。

            本音を言い合わなければ関係は深まらないという考えもありますが、傷つくことの辛さ、痛みを
            知っている同士だからこそ、ズケズケ言えないという気持ちが湧いてくるものですし、それこそが
            本音なのですよね。

            一緒にいて心地よい時というのは、お互いが外でつけてきた傷を癒し合う時だと思います。

            受けた傷について具体的に話さなくても、親しければ親しいほど、その雰囲気で相手の気持ちは
            察することができるものです。 無理に聞き出す必要もなく、相手が話し始めれば静かに耳を傾け、
            辛かったね、悲しかったね・・・・と、時折相槌を打ち、心を向ける・・・。 それが間違っているのか
            正しいか、また、どうすれば良いのかなんて、相手は求めていないはずですし、ただ、辛かったことを
            わかってもらえるだけで安心できるものですよね。

            友達の前では裁判官になってはいけないと思います。

            傷ついて疲れている人を前に、追い討ちをかけるようにアナタは間違っている!などと、言っては
            いけないと思うのです。 それはきっと、外でも十分言われ尽くされた言葉でしょうし・・・・


            甘いかもしれませんが、そういう風なので私の周りの友達の中には、思うことをハッキリとズバズバ
            言う人はいないなと、あらためて気づきます。

            「ノー」と言えない友達が多いですが、私はそれが心地よいのです。


            長くなってしまいましたが、洗い浚い全てをぶちまける=親密度の度合いではなく、むしろ理解し尽くせない
            部分を残している相手を信頼し、尊敬できるかどうか、そして、その理解しつくせない部分があることの
            寂しさに耐えられることができ、代わりに優しさを与えることができるかが、長続きする関係になるのでは
            と思います。

            また、傷つけない言葉というのは、本能的、衝動的に口について出る言葉でもなければ動物のような
            叫び声を多く含む言葉でもなく、考え厳選した後のものであり、自分の言葉が招来するであろう結果を
            予測した上のものでなければならないと思います。

            そのことを教えてくださったのは、長いこと私のような者と仲良くしてくださっている大切なお友達なのです☆


            ・・・故に・・・

            私も息子と同じく、一緒にいて心地良く楽しい、傷つけ合わない関係が好きなのです。^^  


2007-04-05 Thu 13:47
































































 



                          ☆ 給料袋 ☆


              皆さんの家は、きっと殆どのご家庭がご主人のお給料は銀行振込ですよね?
              うちは違うんです。 毎月、彼は子供達の前で、私にお給料袋を手渡します。(笑)
              私が提案したのですが、今はお給料袋なんてものはないので、彼に銀行から
              生活費分のお給料を引き出して来てもらって、それを銀行の紙袋に入れ、
              表に『給料袋』と書いたものを手渡してもらうのです。 手渡される時、私と一緒に
              子供達も「ありがとう。1ヶ月間ご苦労様でした。」と、彼に労いの言葉をかけるのです。
              最初の頃はちょっと照れましたが、今は慣れもあって、儀式のようになっています。
              やっぱり、子供達にはお金の出所をはっきりさせておきたいし、彼が一生懸命外で
              働いて来てくれてるから生活が成り立っているということや、収入には限度がある
              という事を知ってほしいですしね。銀行振込だと、味気ないというか、有り難味が
              薄れてしまうし、銀行へ行けばお金が出てくると思われても困りますし・・・・。
              で、さっき、毎月のようにお給料袋を手渡されました。
              ・・・・前の結婚生活ではこんな事はなかった。というか、思いつきもしなかったのです。
              夫が外で働いてお給料をもらってくるのは当り前の事で、ありがとうだなんて労いの
              言葉をかけてあげたことなど一度たりともなかったのです。若かった私は、
              「結婚してやった」という、変に傲慢な気持ちがいつも何処かにあった気がするし、
              何かしてもらう事は当然と考えていた節もあるのです。・・・過去を振り返り、
              我が振りを改める・・・ってところでしょうか。思い出す度、傲慢で依存的だった
              自分に恥ずかしくなります。
              そのかわり、彼もよく私に労いの言葉をかけてくれるのです。ちょっとのことなのですが、
              それがとても嬉しく感じます。 これも前の結婚生活ではなかった出来事。 「いつも
              洗濯してくれてありがとう。」とか、「お風呂掃除、大変だったらたまには俺がやるよ」
              とか。 私って単純だから、そういう一言に弱いんですよね。(笑)
              
              ・・・何はともあれ、お給料袋を私に手渡す彼の姿は何処か光ってます。
              自信に満ち溢れてるというか・・・ 
              頑張れとーちゃん! 先はまだ長いぞ!(^o^)/