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| ☆ 字を書くこと ☆ 手紙の部屋に置いてあります絵(というか落書き(笑))をご覧になって頂くと わかると思いますが、私は字がとても下手なんです。(水晶を送らせて頂いた 皆様もおわかりかと思います・・・) これは私にとってのコンプレックスの ひとつで、書道を習っても、密かに日ペンの美子ちゃんに入門しても(笑)、 汚さ加減は変わりません。一生ラブレターなんて書けないんだわ・・・などと、 思春期には随分悩んだものです。(笑) 言い訳を許して貰えるのでしたら、実は私は元々左利きでした。 左利きは 不便だろうという親の配慮で、右利きに直されたのです。なので、カードを スプレッドする時、よくお客さまから「あれ?左利きですか?」と、問われるの ですが、ボールを投げたりカードを切ったり配ったり、そういう時は左手を 使うんですよね。 小学生の頃、やっと右手でお箸を持ったり字を書いたり できるようになりましたが、字を綺麗に書くことまでは、いくら練習しても駄目で、 達筆な父親に「私の娘なのに何故・・・」と、よく叱られたものでした。一人暮らし を始めました学生の頃、父に手紙を書きましたら、必ず赤ペン先生のように 字を直されて返ってきました。^^;;; ・・・今年、北海道へ帰省した際、叔母の家で、叔母宛ての父からの手紙が あるのを見つけました。 ある事情があり、父とは長い間疎遠になっていまし たが、久しぶり見る父の直筆は、昔のような勢いが感じられず、「お父さんも 年取っちゃったな・・・」なんて、ちょっと寂しい気持ちになりました。 それがきっかけで、最近叔母経由で父と再び連絡を取り合えるようになり ました。 昨日は敬老の日ということで、私が小学生の頃の悪筆を超越する息子が、 書いた本人すら解読不能な怪文字で、父宛にファックスを送りました。 「『何なんだこれは?5年生にもなって、全く読めないぞ!書き直しなさい!』 ってお叱りの電話がかかってくるかもよ。(笑)」 などと息子をおどかしていると、暫くしてこんなお返事が届きました。 「ファックスありがとう。上手ではなくても、ゆっくり、丁寧に、一文字一文字 心を込めて、大切に書いた文字は、上手下手関係なく、相手の心に伝わる ものです。」 息子に送られて来たお返事ファックスは、叔母の家で見た文字より ハッキリと勢い良くなめらかに、私が小さい頃よく目にした字とほぼ同じで 驚きました。 おそるべし孫のパワー。(笑) 孫からのファックスを老眼鏡 でじっくり読み解き、目を細めて喜ぶ姿が思い浮かびます。 ・・・孫には こんなお返事を書くだなんて、ふぅ〜〜ん・・・あの厳しくておっかなかった お父さんがねぇ・・・なんて、ニヤニヤ笑ってしまいました。 |
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| ☆ 「人の苦しみをわかるため」に苦しむのです ☆ やっと、初夢のモヤモヤとしていました意味が紐解けて来たように思います。 夢占いに詳しい友人などにも話を聞いてもらい(感謝!)、自分なりにここ数日、考えてみました。 ・・・初夢の内容ですが・・・ 私は愛猫ネロを抱っこして、急いで夫や子供達、ルナが待つ所へ向かっています。 トラフィックが激しく、黄色いタクシーも往来していて、まるでいつか見たニューヨークの風景のようでした。 そんな中、突然ネロが私の腕からすり抜け、激しいトラフィックの中、走って行ってしまったのです。 車は突然の黒猫の出現にクラクションを鳴らしたり、混乱してぶつかったりで、ああ、もうネロは巻き込まれて ひかれてしまう・・・と、愕然としていましたら、黒い服の男性が、混乱した車の陰から突然スッと現れ、車の上に 上ると、何かを持って手を振ってます。 それは何か、私のとても大切なもののようで、夢の中でハッとするのです。 巾着袋でした。 黒い服に黒い髪のその体格の良い男性は、車の上をヒョイヒョイと身軽に渡り、こちらにやってきて、 その古い巾着を手渡してくれました。 「よかった、これがないと家族が待ってるところへ行けないものね、ありがとう」 そういって、男性にお礼を言おうとしたのですが、男性はいなくなり、いつの間にかネロが私の腕の中で じ〜っとこちらを見ています。 ふと、道路を見ると、そこは道路から何か、綺麗な湖のような所に変わっていて、今まで死に別れた 大切な人達が次々現れ出て、皆、穏やかな表情でニコニコしてるのです。 それは湖に映し出される映像のようで、何とも綺麗で不思議な世界でした。 死に別れた一人一人が、 湖にゆっくりと浮き上がってくるのです。 写真でしか見たことのない戦死した祖父を始め、肝硬変で 亡くなった祖父、若くして病死しました叔母や親友、恋人、縁のあった動物達まで次々に現れるのです。 最後に、私にとっては忘れられない教会、大聖堂が現れ出ました。 ![]() 教会の前には死んだはずの恋人が穏やかな表情で立ち、教会の中へ入って行くのです。 ・・・そこで目が覚めました。 あまりにも強烈な夢だったので、わけがわからず、私はただ、これは何か、警告夢なのか良くない 夢なのではなどと、不安に襲われ心配していました。しかし、冷静に夢の内容を想い起し、自分なりに 夢判断をし、また、客観的に夢に詳しい友人に尋ねてみましたところ、 「◆亡くなった知人が現れる…その人の死を悲しむあまり、自分の責任で死に至ったのではないか という罪悪感。教会に関しては◆神聖な教会…悩みが解決する。人に奉仕すると幸運に恵まれる。」 とのこと。 自分自身のことってなかなか見えないと今回も改めて実感しましたが、信頼の置ける 友人からの助言に、あらためて自分自身を見つめることができました。 私は人の死に出会うことが何故か多く、近しい人、特に愛する人と死別する度、この世に 神様なんかいない!何も助けてくれないじゃないの!と、神を憎んでいたところがありました。 特にこの教会は、私にとっては一刻も早く忘れたい人生最悪の場所だったのです。 この教会前の公園で突然婚約者を失ってしまったのですから、神様なんていない!と、教会に やつあたりしていたところも正直ありまして・・・ 市内ではとても大きな教会で、よく彼と出かけました。 マンションのすぐ隣にあって、とても親しみある 教会だったのです。それを、何か、勝手に神様に裏切られたような気持ちでいたのかもしれません。 最近では、「そうじゃないのよ」、と、周囲の色々な人を通して、マリアさまからメッセージを頂いたよう にも感じています。それまではきっと、困った時に「何かしてくれる」「助けてくれる」のが神様だと 図々しく思っていたのですね、きっと。^^; 初夢にこういった不思議な夢を見たのもきっと、私の中では随分哀しみや苦しみが消化され、目に見えない ものへの信頼が戻ったからかもしれません。 お釈迦さまは「生きることは苦である」と仰り、四苦八苦を説きました。 生、老、病、死の四苦、そして、愛する人と別れる苦しみ、恨み憎しみを感じる人と会う苦しみ、物質的な 欲望が満たされない苦しみ、心の欲望が叶えられない苦しみの四苦を合わせて四苦八苦。 ただ、苦しみや哀しみは悪いことばかりではなく、共感(エンパス)できるという良さもあるといいます。 苦しみは、他人の痛みを理解できるようになる、より、人間らしくしてくれるもの、生かされていることの証 なのだと、親鸞も仰っていました。 大切な人の死は、まるで地獄です。 何故、自分だけがこんな酷い苦しみを負わなければならないのか・・・と、何度も運命を恨みました。 でも、私が今縁あってやっている占い師という仕事は、人様の苦しみ、心の闇に共感できてこそ エンパスがあってこそできる仕事なのだと思っています。 そういう仕事、使命の為に恐怖や苦しみを味わったのか、そういう苦しみを味わったから今の仕事をして いるのかは、鶏が先かタマゴが先かの話になります。 命というものは、それぞれ頂いた分だけ生きるもの・・・。 仏教では、この頂いた分の定められた命を「定命」といいます。 誰もがこの、予め決められた定めがあるのですから、くよくよ悩まず、また、「あの時私がこうしていれば あの人は助かったかも・・・」という後悔も解き放ち、死ぬ直前まで与えられた分をよりよく生きることが 大切なんですよね。 今、こうして日記を書いている私も、明日また、同じように日記を書いていられるかどうかは、何の保障も ありません。 来る時が来ればあの世へ行く・・・ それはいつかわかりません。 なので、人生が嫌になったから早く死にたいですとか、100歳まで長生きしたいと思うのも我儘というもの ですよね。何故なら天に決められた命なのですから。 その時が来るまで悔いのないよう、一日一日を精一杯生きられたならと思います。 教会の夢を見てからというもの、私の心の闇ともいえる無念さ、罪悪感は少しずつ消化され、代わりに 素敵な思い出を蘇らせ、心の負担ではなく、糧として今後も私に勇気と希望を与えてくれる宝物になって います☆ 私が途中で落としてしまい、ネロが拾ってきてくれた古い巾着袋にはきっと、そういった大切な想い出(魂)が 沢山詰まったものだったのかもしれません・・・。 2007年1月10日 |
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| ☆言葉は身の文(あや)☆ 娘の幼稚園でアマチュア劇団の人形劇を見てきました。人形劇が終わり、 ホールを後にした保護者の方々から聞えてくる意見はまちまちでした。 ある人達は、「なんだか手作りの感じがあって、温かくて素敵だったわね。」 「台詞を間違えたりしてちょっとハラハラしたけど、それもまたアマチュア ならではのハプニングでアドリブが咄嗟に出て楽しかったわ。」 と、感心 している反面、「何?あれ。ひどかったわね。いくらアマチュアでもあれは ないわよねぇ?」と、不平不満いっぱいの人もいたりして・・・。 私はPTAの役員なので、劇の後片付けのお手伝いを兼ねて、2月の おたよりに載せる為の簡単なインタビューをしていたんだけど、そんな不満 がいっぱいの人に限って、明らかに劇団員に聞えるような大声で評論して いて・・・。(汗) 「・・すみませんでした・・・。準備が不行き届きで・・」と、詫びる劇団員。 そ、そんな、仕方がないよね。 同じ物事でも、人それぞれ受け止め方が 違うもの。 「良かったわ」と感心する人もいれば、「なあに?下手だし全然 面白くないわね。がっかり。」と、不満を述べる人もいて・・・。 ・・・これはどこに違いがあるんだろう?と、後になって考えてみました。 「良かったわね」と言える人は、あれだけの劇を実行するのには、さぞ準備が 大変だっただろうし、アマチュアだからプロとは違って、劇の為だけに練習 時間をめいっぱい使う事もできなかっただろうしだとか、きっとそういう広い 心で見ていたのだと思う。 そう考えられれば不行き届き等はよくある話で 勘弁できるしね。 逆に「ひどかった」という人は、結果が全てだと考える 厳しい人なのかもしれない。・・・・今日の劇の反省点を痛いほどよく分かっ ているのは、演じた劇団員で、彼らは「ひどかったわね」という声にショックで 肩を落としながら道具を片付けていたわ・・・。 「言葉は身の文(あや)」とも言うけど、例えば評論した人が、一般の観客 ではなく、トップクラスの有名な劇団員だった場合は、アマチュア劇団員も、 たとえ同じような厳しい評論でも、ただの落胆以外にそこから学べる何か を深く前向きに受け止められたのかもしれません。 評論する時って、 「何を評論するか」より、「誰が評論するか」が重要なんですよね。 私自身に 置き換えてみても、やっぱり師匠が発する言葉の一語一句は、たとえ他の 人がどうとらえようと、私にとってはどれもありがたいお言葉だもの。 体験から学びとった真実の言葉って、聞いている人の心に直に深く響いて くるものだから・・・・。 ・・・・と、私は一体何が言いたかったんだろう?と、またしても発泡酒片手に ほろ酔いつつ考えてみると、(北海道生搾りって、美味い!)やっぱり言葉っ て難しいよなぁということかな・・・。 言葉づかいの基本って、「思いやり」「愛情」「誠実さ」だと思うし、それって つまりは「心」なんだよね。 思わぬ一言から、自分や相手の本心が見え隠れ したり、時に心を傷つける刃になったりするし、逆に妙薬となって聞き手の心 をほぐし、勇気づける力を持っているから、言葉って大事な心の表現手段 なんだよね。 ・・・・だから常にそういったことを忘れないようにして、気持ちのいい言葉を 発したいなあと、しみじみ思った日なのでありました・・・・。 |
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| ☆ 息子@新生児期の思い出 ☆ 従妹がはじめての出産@育児に随分大変そうで、先程愚痴の電話があり ました。 「・・・マリちゃん、よく二人も産んだよね〜!私、もう既にギブアップ気味。(涙) 母親に向いてないのかなぁ・・・赤ちゃんがこんなに大変だとは思わなかった よ〜。(泣) 明日一ヶ月検診なんだけど、今週いっぱいで母も帰っちゃうし・・・ 不安で不安で。 オッパイをすぐ吐いちゃうのよね。 大丈夫かなぁ・・・。 何かあったらまた電話しちゃうかも・・・」 とのこと。 はじめての出産、育児って、わからないことだらけで不安なもの ですよね。特に新生児期なんて、泣いたらどこか調子が悪いのか、痛いのか、 静かに寝ていたら息はしてるか死んではいないかと、片時も目を離せなくて・・・(懐 息子を出産の時は、お世話になるはずだったお義母さんが出産直前に急遽 入院してしまい、産後は夫婦二人で頑張って乗り切るということになりました。 夕方までは産褥シッターさんに来てもらうことにしたのですが、元夫は急に2週間 の出張に行くことになってしまい、夜は新生児の息子と私、二人きりの心細い 時間を過ごしていました。(あの夜は本当に長く感じたわぁ・・・) そんなある夜中、息子が突然泣き出し、抱っこしてもあやしてもなかなか泣き止み ません。 オムツも濡れていないし、お腹はいっぱいのはずだし・・・もう、どうして 泣くのよ〜〜と、寝不足と疲労とで意識朦朧フラフラしつつも、どこか具合が悪いの かしらととても不安になりました。そんな時、息子は抱かれながらも泣きながら 激しくそっくり返り、抱き寄せても首を向こう側へ捻るように向けるのです。 その時、私には、何故か息子の首が捻れて一回転したように見えたのです! 驚いた私はギョエ〜〜〜!!どうしよう!!!と慌てて病院へ電話をかけ、 「息子の首が捻れて一回転したんですけどぉ!!大丈夫でしょうかぁ?!(号泣)」 なんて、泣きながら真剣に看護婦さんに訴えたんですね。^^; 困惑気味の看護婦さんは、それでも親切に 「・・・お母さん、落ち着いて。赤ちゃんの今の様子は如何ですか?」と。 「・・・えっと・・・泣き止んで・・・アクビしてます・・・」 と、間抜けなアタシ。 「だったら大丈夫だと思いますよ。^^」と、看護婦さん。 ・・・確かに・・・そうですよね・・・ ハハハ・・・^^::: あの時はメチャメチャ恥ずかしかったです。(滝汗 冷静に考えたら、いくら首がすわってなくても一回転するわけないじゃないねぇ、 オソロシイ。(^^; 一ヶ月検診の時は恥ずかしくて看護婦さんと顔を合わせる度 冷や汗が出ました。(あ、今は看護師さん、ですね。・・・ということは、婦長さんは 師長さん?に??) ・・・でもそのくらい、疲労困憊@ヘトヘトでオカシくなっちゃうものなんですよね。 お風呂に入れるのもオッカナビックリだし・・・ 従妹が不安になる気持ち、 わかります。 |
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