☆ 亢龍有悔 〜 自信過剰は孤立のもと ☆
今の女性は昔の女性に比べると、社会進出が進み、結婚、出産を経ても様々な職場で
才能を生かし、自信とプライドを持って活躍しています。 それはとても素晴らしいことと思い
ますし、今の時代はそれが普通になりつつあることも喜ばしいことです。^^
SNSなどの自己紹介を拝見しましても、元気な同世代女性が沢山ご活躍され、積極的に
ご自分の立場や夢、希望をアピールなさっている姿が目立ちます。 そういったプロフィールを
読むと、とても嬉しくなりますし、私も頑張らなきゃ!と、励まされるものです。
自分に自信を持つということは、とっても素敵なことで、向上心にも繋がり、周囲に勇気と
希望を与えることにもなります。しかし、矢張り何事も過ぎたるは及ばざるが如しで、
勢いづきすぎて知らずに一線を越えてしまい、自信過剰の域に達してしまうと、周囲に勇気や希望、
励ましを与えられるどころか、敬遠されてしまうようになりますよね。
易経の「乾為天」に、亢龍有悔 という言葉が出てきます。 己の才能に溺れ、自信過剰になり、
驕り高ぶって周囲が見えなくなる姿です。 私自身、すぐ、調子付きやすく、何事もやり過ぎ
行き過ぎになってしまう傾向がありますので、常に肝に銘じておきたい言葉です。
その昔、小学生の頃、私は友達から、「マリちゃんはお洒落ね」と、褒められることがよくありました。
そのうち友達から「このスカート、どう思う?」などと、ファッションについて意見を求められる
ようになり、「ここをこうするともっと可愛くなるよ。」という風に提案すると、とても喜んでもらえ、
友達に喜ばれることがとても嬉しく感じたものでした。 嬉しさと共に、自分の着こなしに自信を
持てるようにもなりました。 しかしそのうち、意見を求められなくても、「あなたの今日のシャツ、
その色じゃない方がもっと栄えるのに。」ですとか、意見を求められても、「それでは駄目。
もっと頭使いなさいよ。」のように、言葉が段々キツく偉そうに変わっていったのです。 当然ですが、
そうしているうちに、私にファッションについての意見を求める子が誰もいなくなりました。
有難いことに親友が、「マリちゃん最近何だか偉そうで恐い。」と、私の高慢な言葉遣いを
注意してくださり、ハッと我が身を振り返り、自分は今まで何て偉そうな嫌な態度をとっていたのかと
とても恥ずかしくなり、酷い言葉を放ってしまったひとりひとりに謝りました。 幸い寛大な良いお友達
ばかりでしたので、有難いことに許してもらえ、それを機に、自信過剰はふんぞりかえりのもとなのだと、
身にしみて学習しました。 祖母からも、「どんなに自信のあることでも、それを振り翳したり、
高圧的な態度を取ってしまっては、折角の自信が目を背けたくなる程下品に変わってしまうのよ。
慎み、謙虚さ、特に女性は恥じらいの気持ちを失ってはお終いです。 頭を冷やしなさい。」 と、
お説教されました。 大変耳が痛かったです。
・・・この年になり、周囲を見ますと、時折、嘗ての自分のような自信過剰な女性に遭遇することが
あります。 きっと、ご自分に誇りを持ち、自信がおありなのでしょうけど、自信を持っていることに
対して、何故か苛々怒っているようにも感じます。 「あなたはちっともわかっていない!それは
そうじゃないでしょうが!」のように、私を誰だと思っているの?!的な苛立ちというか・・・
自分が一番詳しいのだから無駄口挟むなという勢いでこちらを蔑みますが、聞いている方は何故
怒られなきゃならないのか理解に苦しみ、とても疲れてしまいます。
自信過剰になると、謙虚さや穏やかさがなくなり、知らずに口調が厳しく、刺々しく怒りっぽく高圧的で、
排他的になってしまいます。そして、人の意見を聞く耳を持たなくなり、人をいつの間にか遠ざけて
しまいます。それによって、その自信は不動のものになりますが、周りにはもう、それを振り翳す人が
いません。それは、勝利か敗北か、どちらでしょう・・・? 哀れというひとことしか見つかりません。
私自身をはじめ、何方にも陥る可能性のある「亢龍有悔」。 嫌な自分を見ることは勇気の
いることですが、周囲の大切な人を失ってしまう前に、初心に返り、謙虚に自分を省みることは、とても
大切ですよね。
|
 |
☆ 一人で全部抱え込まない ☆
娘の具合が少し良くなってきた。 吐き気もおさまり、熱も下がりつつある。
ふ〜・・ちょっと一安心ってとこかしら。 お医者様にも「胃腸にくる風邪ですね」
と診断され、薬を頂いてきた。 やっと洗濯物の量が減ったよ。 今夜はゆっくり
休めるかな。 なんだか看病疲れで目の下にクマが・・・。(涙) ちょっと疲れる
とすぐ目の下にクマができてしまう。
・・・ところで、最近思うんだけど、こんな風に娘の調子が良くない時や、子供に
関する些細な心配事など、自然と気軽に彼に相談できるようになっている自分に
驚く事があるのです。前の夫との時は、殆ど母子家庭のような生活だったという
事もあって、子供の育児に関しては、私一人が責任を負わなければなりません
でした。だから、子供に関して前の夫に相談した事など一度もなかったのです。
ただ、子供達の成長ぶりを時折知らせる程度でした。 しかし、今の夫となった
彼は、毎朝子供達の顔を見て、子供達が寝る前に帰宅します。 また、土日、
祝祭日も殆ど家にいるので子供達と接する時間が長いのです。 最初、彼と
生活し始めたばかりの頃、息子は毎日のように、「あれ?もう帰ってきたの?!」
だとか、土日は「ねえ、仕事行かなくて大丈夫なの?」と、心配そうに彼に聞いて
いました。 彼が一緒に食事に参加するようになり、食卓も変わりました。
彼が一人増えただけで、ごく普通のご飯を食べている時でも、「なんだか
パーテイーみたい!楽しいね!」と、子供達は喜びました。・・・そんな子供達の
姿を見ていると、やっぱり女性と男性の役割って違うのかな?なんて感じる
ようになったのです。私は何でも一人で抱えてしまう癖があって、勿論、子供に
関してもそうでした。でも、最近は、彼に少しずつ甘えられるようになって
きたようです。 多分、前の夫よりも、トータルで考えると、今の夫の方が
子供達と接している時間は長いと思うし、彼はよく子供達を観察しています。
・・・・一人でできる事にも限界があるのだということを、彼と知り合い
改めて学習した気がするのです。 人は、自分の限界を知らなければ
ならないものかもしれないですね。 お互いに補い合い、些細なことでも
話しあい、身を寄せ合う二人の中には、隙間風なんか吹かないような気が
します。前の結婚生活では、夫には細々したことで面倒をかけたくなかったし、
だからできるだけ自分で解決できる事は処理していました。 でも、お互いに
報告し、相談しあえる間柄って、とても素敵なんだなって、思うようになって
きました。 ・・・って、あれ?これって、のろけかしら?
|
 |
☆ 幸福は自分の心の中にある ☆
子供達が彼と他愛のない会話をしています。時折笑い声やふざけてじゃれ合う姿を
目にしながら、私はキッチンで洗い物を片付けます。「もうそろそろ寝なさいよ。」
私の声に子供達は名残惜しみながら 「父ちゃん、絶対今度恐竜の骨の博物館に
連れてってよね!」と彼にしつこく念を押し、「お父ちゃん、おやすみなさい。」
そう言って、娘は彼の頬にキスをします。 ・・・・子供達に毎晩寝る前、絵本を一冊
読み聞かせ、お休みのキスをすると、子供部屋を出て、リビングのソファーに
座る彼に膝の上に座り、のんびりテレビを見ながらその日の出来事をぽつぽつ話す。
・・・・ヒッソリと培われる絆。 私が一番欲しかった物を、彼は与えたくれた。
「幸福は、自分の心の中にある」 と、よく言いますね。幸福は、外に探しに行くの
ではなく、自分で見つけて大切にする物。そう思います。 もし、家族が
快適に過ごし、一緒に笑ったり楽しんだりしているうちに、新しい生きるエネルギー
のようなものが出てきたら、それは紛れもない、ポジテイヴな愛の証だと思います。
また、相手に自分にはない物、でも、自分が必要としている物を見たり、
愛を感じるのなら、それ以上は相手に何も望まない事。本物の幸福や愛って、
世間からクローズアップされる事でも何でもなく、静かに暮らす人々の中に存在
するのだと思います。そう、私が望むのはそういったシンプルな愛。 わかりやすい愛。
そしてひとたび愛を見つけたら、他の人と比較せず、ひたすらそれを信じる事。
だって、それが私の幸福なんだから。
|
 |
☆ 悩み ☆
久しぶり友達と会って食事をしてきた。なんだか怪しげな占いの館のようなレストラン。
多国籍料理のお店だった。お店の中の雰囲気も独特で、マニアックな感じが良かったわ。
メニューの殆どが聞いた事のない不思議な品ばかり。私的にはスゴク気に入ってしまった。
今度是非また彼とでも行こう!呑むほどに酔うほどに話題はどんどん飛んで
行き、時が経つのと共にその内容は深く濃くなって行く。 一人の友達は、とても苦しい
状態にいる。もうかれこれ1年程、その状態が続いている。日記に彼女の事情を書く事は
勿論できないが、彼女とは殆ど毎日のようにメールのやり取りをしている。人其々、
色々な悩みを抱えて生きている。 悩みのとらえ方も様々で個人差が大きい。
ある人にとっては何でもないことでも、その人にとっては死ぬほど悩み苦しむ事もある。
捨て身になって頑張れる人もいるし、自らを捨ててしまう弱い人もいる。白黒はっきり
しなくてもいい事があるって、私は大人になってから気づいた。 曖昧さ、ぼんやりした感じも、
一つの結果だし、無理に白にしたり黒にしたりしなくても、それで幸せな事もある。
物事何でもハッキリ決着を付けたいと思う人にとってはとても歯痒く映る
かもしれない。 でも、あえて白でもなく、黒でもないグレーゾーンを作ってしまう勇気も
時には必要なのだ。
人生、努力は必要だけど、無理は禁物。 こうしなければ絶対に駄目ってことはないはずだから。
多国籍料理のお店の後は、海の側の静かな雰囲気のお店に移った。 私一人だけ、いつまでたっても
テキーラベースのカクテルなんかを啜りながら、女の人生談義に花を咲かせていた。
・・・女30もすぎればそりゃいろいろあるさ。泣いても笑っても人生あっという間。少しでも前向きに
楽しまなきゃね。
女達其々が人生を語り合い話す事により自分自身に納得し、夜の冷たい風に吹かれながらも
清々しい気分で其々の家路についた。
|
 |