☆心が命じる恋☆
今朝からずっと電話鑑定に明け暮れて、気づけば子供達の帰宅
時間。 3件の鑑定を行ったんだけど、3件共、私と同世代の女性
からの恋の悩みだった。恋について占うことってとても多いんだけど、
鑑定中二人の方から同じことを質問された。「マリアさん、私の恋って
間違っているのでしょうか?」
・・・・・恋って結局のところ、とても主観的なもので、絶対にこれが
正しいとか悪いとかなどないんだよね。 しかも占師の立場である
私が、自分の主観で 「それはよくない!」なんて言ってしまったら、
占う意味もなくなってしまうし。 恋の部屋を更新する時、思うが
ままに自問自答しながらキーを叩いているんだけど、ココロが求める
恋って、きっと、みんなの顔が違うように、人それぞれ、全く違った
「求め」であり「望み」なのではと思う。 でも、誰の恋にも共通して
いえるのは、自分にとって 「元気のもと」 になる誰かが見つかると
良いな♪ってとこだと思うのよ。 だから、本人が元気ならば、
たとえその恋が道ならぬ恋だとしても、他人がとやかく言うことでも
ないし。(他人の恋にはどうしても意義アリ!って気持ちがわいて
しまうんだけどね。そこをグッと堪えるが大人だと思う) 最低限の
ルールを守って(他人に迷惑をかけないとかね) かつその恋に
ちゃんと責任を持てるのなら、基本的に後は本人の自由だと
思うし、「やめときなさいよ」なんて、あえて止めるのも野暮な話。
本人は、道ならぬことを充分承知の上で恋しているのだろうから。
元気のもとって、たとえば見返りを求めるものではなくて、
その人に抱きしめてもらうととても安心したり、その人といると
ご飯が美味しかったり、その人にポンと背中を押してもらうと
「何でもできる」って気がして、その人と過ごすことによって、ココロ
が満たされて・・・。
水のように柔軟な「女」である私たちは、(笑)日々進化しているのだと
思う。 物欲や何かを満足させる方法は、自分で見つけて(働いて)解消
していかないと楽しくないということにも気づいたし、自分の中で、
自分ですべきこと、ふたりでしたいことの区別もつけられるようになり、
ココロの求める恋を見極める能力も高まりつつあると思うし。
恋に失敗したり失恋したりするのは、その人が思う「本物の恋」を
見つけるまでに、登らなければならないステップで、一段ずつしっかり
登っていけば、いつの日かきっと、自分のココロがどんな恋を求めている
のかが見えてくるはず。すると、それは必ず自分自身がどういう女に
なりたがっているのかを知ることにも繋がるはず。
あとはココロの命じるままに、流れに身を任せてしまえば良いだけ。
そんな恋がきっとその人その人にとっての「本物」なのではないかな。
いや、そうであって欲しいわ。
それにしても、随分寒くなってきたよね。 ・・・冬の夜は、冷え症の
女にとって、ますます寂しココロそそられる時。とりあえず基礎体温の
高い男、求むってとこだよね。(笑) あ、ココロそそられるんだから、
基礎体温じゃなくて、基礎心温の高い男・・・かな?いや、ミもココロも
両方温かけりゃそれに越したことはないんだがなぁ・・・・。
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☆ 男はやっぱり顔だ ☆
「男は顔じゃない」という言葉は、一種の決り文句となっている。・・・「顔だ!」と
言いきってしまえば人間的に疑われそうだし、正直者の私には「顔じゃない」と
きっぱりとも宣言できないし。 そんな価値観の揺れの中で、今の落ち着きどころは
「やっぱり男は顔だ」 になった。(笑) いくつかの恋をし、(本当に、いくつかね。
いくつか)何人もの男性と知り合ったり友達になったりして出た現時点での結論なの。
ただの面食いではなくて、何ていうのかな、顔ってひとつの素材だと思うから。
私たちは生まれたときに各遺伝子情報に基づいて、今ある顔立ちの基礎を
築いた。それはどうにも変えられないよね。 外科的な手術を施せば別だけど。
変えられないけど、顔は作っていくものであり、どんなにお化粧をしても、美白を
頑張っても、その人からにじみ出る何ものかを常に反映しているもの。感情や
考え方、その時々の状況、送ってきた人生の一端が顔を作っていくものだから。
こういう視点をとらえると、男も女もやっぱり顔というか表情なんじゃないかな。
たとえ美男子と言われないような風貌をしていても、いい顔をしている人って
沢山いるし、いろいろな出来事をそれなりに苦労して乗り越え、吹っ切れた人は
表情が深い。 いい意味で自信のある人には余裕があるもの。 困難な状況に
ある人は、笑顔の中にも険しさが見える。 私は美しいか美しくないかよりも
職業柄、人相を気にしてしまうので、つい、その人の表情をじっくりと観察して
しまう癖がある。 ・・・・彼と生活を共にして、2年が経った。 最近の彼は、
知り合った当初に比べ、表情や雰囲気がかなり変わったんだ。久しぶり会う
友達や知り合いがいつも驚くの。 知り合った頃はとても清々しく爽やかな印象の
男性だった。 生活感がまるでなく、一人暮しを気ままに過ごしていた。
一人っ子で育ったせいか、おっとりとし、精神的にも少し繊細で、涙もろかった。
・・・2年の時を経て、彼は随分男っぷりを上げたように思う。清々しく爽やかが
彼の印象だったはずなのに、会う人会う人に、「貴方のご主人ってワイルドで素敵!」
とか、「豪快な感じでちょっと恐そうだけど、男っぽくて逞しくていいわね!」など、
2年前の写真と今とを比べたら、本当に豹変してしまった。 彼にそう話すと、
いつも 「マリアに改造されてしまった」 と嘆くように言われるけど・・・ でも、
本当に男らしい顔つきになったんだよな。 というか、私好みの顔つきというか。
・・・・あらら、また私ったらのろけてしまったみたいだわね。・・・表情を観察すれば、
その人の「生き方」が見えてくる。 だからやっぱり「男は顔」なんだ。
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☆ いい男って? その1☆
「いい男」って、一体誰のことなんだろう? 昨夜友達数人とチャットで
夜更かししながらテーマは専らそこへ行ってしまった。 「マリアは絶対
ラテンな男に行くよね〜」 という声が多く、確かにその通りだと思う。
逆に、何故みんな、ラテンな男に行かないんだろう?と、疑問にさえ
思う。(笑) でもね、ただ情熱的で派手でハイテンションで明るくて、
その辺でやかましく踊り狂っているわかりやす〜いラテン系ではなくて、
私がう〜ん、いい男!と頷くのは、何ていうかこう、ギャップのある男
なんだな。 例えば普段は物静かで多く語らない人が、イザとなると
怒涛のように血をたぎらせ獣っぽくなる・・。この変化、ギャップに男の
色気を感じてしまうんだわ。 最終的に男の魅力とは、女の場合と同じで
「色気」にあると思うんだ。 そして、男の魅力である「色気」を際立てる
のが「存在感ある静けさ」だと思う。 静けさの中に色気をたたえた男に、
女はとても心地よいムードを見るのではないだろうか? だから私の場合、
「いい男」というテーマで人探しをすると、「普段は物静かなラテン系」に
行きついてしまうんだ。理想はアンディー・ガルシア的ラテン系。 彼の
前なら女は120%女になれる気がする。 女を女にする男こそ、「いい男」
なら、彼らに色気を感じる感受性を持たないと女にも魅力は宿らない。
「いい男ってなかなかいないわよねぇ・・」と嘆いている女に、いい女は
いないとよく言われるけど、いい男がいないと諦める前に、探す(というか、
自分に近づけるのよ)努力をしなければ、いい男は都合よく向こうから
近づいてきてくれるわけないんだからね。じゃないと、いつまでたっても
「絵に描いた餅」を、溜息混じりに侘しく眺めていなければならないものね。(笑)
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☆いい男って? その2☆
パソコンに向かい仕事をする彼を、お酒片手にジーと眺めてみた。
・・・取立ててイイ男ってワケでもないし、優雅さやスマートさからは随分
かけ離れているんだけど、でも、愛しくて、つい頬ずりしたくなる。
・・・何故だろう?(あれ?これもノロケ?)
男に免疫のなかった若かりし頃といえば、「カッコ良くて」「背が高くて」
「物腰が柔らかくて」「人も羨む資産家で」「カッコイイ肩書きを持ってて」
・・・などなど、考えてみれば、自分の為というよりも、他人を意識した
見栄の為に恋人がいたように思える。 男は顔が良くないと連れて歩く
のに困るしなどと、平気で語っていた自分がコワイし情けない。(反省)
でもね、やっと私も気づいたようだ。この年になって。(笑)
イイ男というのは、きっと、「ダイ・ハード」なんかのヒーロのように、
普段は恐ろしくさえない男であるのに、イザという時、「愛する女」だけ
でなく、そこいらへんにいる通りすがりの人なんかも守れる力が備わって
いるような、芯の強い男・・・かもって。 普段は洒落た言葉の一つも出て
こないし、野暮ったくてドジで気が利かないなど、頭で計算して恋する
相手に選ぶのなら論外の相手だろうけど、でも、芯の強い男のココロの
中はいつでも熱いし、カラダはガッチリ逞しかったり・・・。愛する女の身に
危険が降りかかれば、必ず助けてくれるハズだし。
哀しいかな世の中の95%くらいのモノは「お金」で買うことができるん
だよね。「温かさ」が欲しければ毛布を買えばいいし、暖房のついた家を
買えばいい。「安全」が欲しければセキュリティーシステムを強化するなり
ボディーガードを雇えばいいし・・・ってでもねぇ・・・ それだけで温かく
安らげるようになるのは「カラダのまわり」だけなんだよね。 お金じゃ
買えない残りの5%は何かというと「ココロ」を満足させる温かさというか・・・。
例えば、そうね、嬉しいことがあった時、嬉しさが2倍になって、哀しいことは
半分に減って、ギュ〜〜ッと抱きしめて欲しい時に抱きしめてくれたり、
本気で喧嘩しても仲直りできたり、一緒に眠ると熟睡できたりね。
芯の温かさって、そんなところから生まれるモノだと思うから。
ここでちょっと考えてみましょう。余計なお世話かもしれないけど、貴方の
恋人や夫、好きな人、気になる人は、貴方を辛い気持ちやムナシイ気持ち
にさせていないでしょうか? ひょっとして、何かを買ってもらえないと
仲直りできない(しない)、腹いせに仕返ししないとガマンできない・・・
なんて間柄ではないよね?そういう状態は苦しいだろうし、不安だろうし。
積み重ねると苦悩になるし・・・・結局寒いし不安だし。
ココロが求めるもの(温かさや優しさ)をメインに、アタマの望み(見栄や物欲)
を三分の一くらいバランス良く配合して叶えてあげれば、恋する気持ち
って結構楽に育って行くはずデス。いつも殆ど温かい気持ちに包まれて
いればきっと余裕で自然に育っていくものだからね。
・・・・とかなんとかぼんやり考えているうちに、彼の仕事も片付いたらしく、
私の方を向きながら大きなあくびを堂々披露。(笑) そんなサエナイ彼を
微笑ましく愛しく抱きしめる。 きっと、ココロが求める男というか、本能が
求める男というのは、例えば通信簿の算数や理科の成績のように、
1〜10では採点できるものではなく、通信簿のその他の備考欄の項目で
探すものかもしれないね。 ココロが求める恋を育てるには、周囲の意見や
風潮に惑わされず、「私はこうしたいからこういう男が理想」という確固たる
事実(時の流れによって軌道修正しつつね)を、ココロの中で見極める
冷静さと勇気が必要なんだわね。(笑)
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