☆易経の本質☆
え〜と・・。数人の方から「六十四卦の部屋」の更新が去年の11月からストップ
した状態ですが、一体どうなっているのでしょうか?というメールを頂き、大変
恐縮しております・・・(汗)
・・・・易経を沢山の方々に広める為というか、六十四卦の部屋を作るのが
このHPを立ち上げた第一の目的だったんだけど・・・・いつのまにか気づけば
私の趣味がメインのお気楽ページと化してしまっていたというわけでね・・。いや、
やる気はあるんだけど、それよりももっと書きたい話題がやる気を上回って
しまってね。(と、苦し紛れの言い訳を・・・)
というわけで、今朝から慌てふためき卦の更新に励む小心者のアタシ。やっと
卦の説明を書き終え、後は自分なりのエッセイを書いてしまえば明日、もしくは
明後日迄にはとりあえず4卦はアップできそうです。ホッ。
六十四卦の部屋を気にかけて下さっている方々、本当に感謝しております。
お蔭で蜘蛛の巣だらけになる前になんとか更新できそうです。(笑)
・・・それでは本日はちょっと真面目モードに切り替えまして、易経とは何ぞや?
ということを、お話してみたいと思います。
・・・人は誰でも成功、発展を望みますよね。成功や発展を望むのが人の天性
なのですから。 ただ、人は往々にして、迷い、惑い、誤りを犯し、成功や発展
とは全く反対の方向へ妄進しかねません。それが残念ながら人というものの
「つくり」なのです。 大抵の人は私を含め、「成功したい、発展したい、しかし思う
ように行かない」というジレンマに悩みながら生きていると言えましょう。 この
ジレンマ解決に向けて、非常に考察、思索がなされたのが古代中国。 ジレンマ
を解決する為の哲学が数多く誕生したのです。 古代の中国で誕生した哲学は、
大きくみて二つのタイプに分かれます。一つはいわば陰の哲学。陰の哲学は、
人が成功、発展を望むことの否定からスタートしました。成功、発展など望んで
しまうから、人は迷い、惑い、誤り、悩むのであって、成功、発展を望まなければ
安らかに生きられるという説です。 陰の哲学の代表は、「老子」の哲学です。
で、もう一つのタイプは陽の哲学です。陽の哲学は人の成功、発展を肯定し、
大いに推奨するところからスタートしました。人は成功、発展を望む天性を大切
にし、天性を大いに発揮すべきであると説き、人に、成功、発展する為のあり方
や行動の仕方を教えます。陽の哲学として一般的に有名なのは、孔子を開祖
とする「儒教」の哲学です。 易経はこの陽の哲学の立場に与します。もっと
正確に言えば、易経は、あらゆる陽の哲学の根源に位置する純陽の成功哲学
だといわれています。 ですから易経は、占いの原典と思われがちですが、
実は直感や霊感とは関係のない学問だったのですね。・・・とかく霊感や直感に
頼ってしまいがちな私にとっては戒めともなるこの易経・・・・。出会った時から、
私の人生の良きアドバイザーになってくれています。 ・・・ただねぇ・・・非常に
奥が深く難しい・・・。(涙)
易経に少しでも興味を持たれた方、最初に私がオススメする本として、マーフィー
の「易と成功法則」を提案します。 迷ったり苦しんだり悩んだりした時の指針と
してばかりではなく、上昇し成功し、豊かで満ち足りた人生を歩む為の心強い
道案内役になってくれると思います。
・・さてと・・とりあえず易経の宣伝はしたし、今夜はまた詩でも書いてみようかな。
不思議体験もアップしたい話がもう一話あるんだなぁ・・・。・・なんてことやってる
から、師匠からお叱りの電話が来るんだよなぁ・・・・。
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☆使命 その1☆
占師をやっていると、運命だとか宿命だとかいう言葉を、何度となく使います。
占いは『運命鑑定』などとも呼ばれるけど、でも、占い=運命という事では
ないんだよね。 何故なら、占いの世界でも、最終的に運命の決断をくだす
のはその人自身なのだから。 運命や宿命に対しては、人其々哲学的な
思いや見解があり、何とでも言う事ができるし、取りたてて深く語り合うこと
でもないように思うし、語り合ったところで、運命とは?の明確な答えが出る
ワケでもないし。
私は占師のくせに、占いに逆らってでも想いを通したい方なんだ。
一応、占いは気にするんだけどね、あくまでも占いは占い。占いも恐れない
くらいの意志がないと、運命ってなかなか切り開けないように思うのよ。
「ほら、占い通りにしないから、離婚しちゃったじゃないの?」
「〇〇君(息子)が病弱なのも、名前の画数が原因かもよ。あの時その画数
だけはやめときなって言ったじゃない?」
など、占師友達からは未だに色々言われるけど、でもね、自分の運命が
占いによって100%決められていて、それを踏み外さぬよう歩んでいけばいい
なんて、それはそれである意味楽だけど、でも、それはやがて自分の意志
では何もできなくなってしまうようになるんじゃないかと考えると、かなり不便
な気がするんだよね。
人生って、思いのまま行かない事の方が多いし、それを占いでなんとか
帳尻合わせるように、幸せと不幸せの量がプラマイゼロになるように無理に
決めてしまうような気がして、それはそれで良い事なのかもしれないけど、
私的にはなんとなくつまんない気がするし。 それと引き換えに自分の自由や
勇気、希望など、感情の中で光っているもの全てが占いによって奪われていく
ような気がしてなんとなく嫌なんだ。(・・って、こんな占師っているだろうか?)
「だったらどうして占師なんかやってんだよ?!」 という声が聞えてきそう
だけど、運命や宿命より、私が大切に考えているものは、「使命」なんだと
思うんだ。(きゃ〜、なんか、アタシったら、またカッコつけちゃってるわ、もう)
それは20代前半の頃のこと、占いブースに座っていた私の前に、ある30代
くらいのキレイな女性が座り、言った一言で 「あ、これだ!」と、思ったのね。
「もう、この年になって、運命だの宿命だの説教じみたことなんか聞き飽きたし、
ハッキリ言ってそんなものどうだっていいの。 私の使命が知りたいのよ。
教えてくれる?」
・・・・占師の私が、はじめてお客様に飲まれた瞬間だった。使命・・・自分は
この世に一体何をする為に生まれてきたのか? うん、確かにそれがわかって
いれば、生きてるのが楽しいかもしれないし、たとえ辛く厳しい運命だって
天中殺だろうが何だろうが、乗り越えていけそうな気がするし。
・・・・彼女のオーラや手相、そしてタロットや易で判断し、「・・・・貴方は・・・・・
沢山の人を感動させる為にこの世に生まれたのですね。 貴方の使命は・・・」
そう私が言いかけた時、彼女は 「ありがとう。その言葉でもう充分だわ。
もう何の迷いもなくなった。・・というか、誰かにそう言って貰いたかったのかも
しれないわ」
そう言ってはじめてニッコリ微笑んだのでした。・・・彼女は縁談を断り、歌の
勉強を続ける為、再び外国へ行く事を決意したのでした。
・・・・自分はいつ頃運気が良くなり、いつ頃挫折して、いつ頃婚期が来て、
いつ頃死ぬのかなど、人生の浮き沈みや流れを知るよりも、自分が何をすれば
一番輝けるかを知る方が自分の人生、充実するはず。世の中に必要とされて
いると思う充実感ほど幸せなことってないように思うもの。
・・・もし、占いに行くのなら、自分は何をする為に生まれて来たのか?を聞いて
みては如何でしょうか? ・・・自分は何をしたいのか? あれもこれもじゃなくて、
これがしたい!と思える一つは一体何だろう?と、真剣に考えてみる
・・・使命という、自分だけの究極の運命探し・・・それが自分の運命と上手に
付合っていく方法の一つに思うのデス。 運命や宿命などを語れるのは、それが
見つかった後の話かもしれません・・・・。
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☆ 使命 その2 ☆
早いもので1月も今日で終わりですね。バタバタしているうちに過ぎ行く日々。
1月を日本では睦月、または稲作の国らしく発芽を促す為に初めて水に浸す
実月(みづき)とも呼ぶそう。 一方、古代ローマ神話ではJanuary(1月)は門、
戸口の守護神で万物を支配するJanus(ヤヌス)に捧げる事から名づけられて
いるそうです。 ヤヌスは前と後に顔を持ち、左手に鍵、右手にしゃくを持ち、
日の出日没、物事の始まりと終わりを司る女神。(昔、ヤヌスの鏡ってドラマ
があったよね?杉浦美幸さん・・だったかな?今何しているのだろう?)
1月は過去の罪を清める為、また、新しい年への無事を願い、ヤヌスを祭った
そうです・・・。
・・・さて、昨日は『使命』について書かせて頂いたのですが、随分様々な
ご意見がありました。 ある方からは、「私は占いナシでは何も決められなく
なってしまいました。もう占いに頼るのをやめたいとも何度も思いました。
信じるのをやめようとも思いました。でも、今までずっと信じて従ってきたことを
今更否定すると、何か良くない事が起きるのではと不安になるのです」
というメールが届きました。・・・運命を知らないと動けなくなってしまうと、
それがどんどん重荷に感じてしまうようになるもので、重荷になっても運命の
呪縛からなかなか解放されずに苦しんだりする方も多いのですよね。
またある方からは、「人には確かに使命があるのだと思います。その使命を
知って人生を過ごしてこそ幸せだと思います。マリアさんは「生きがいの創造
− 生まれ変わりの科学 −」PHP文庫 飯田史彦著をご存じでしょうか。
その本には人がなぜ肉体をとって生まれてくるのか、なぜ何度も生まれ
変わるのかについてかかれています・・・」 と、使命を前向きで意味のある
こと、運命よりも使命に身を任せた方が人は幸せになれると考える方も多く
いらっしゃいました。
でもね・・・使命・・・ったってぇ、そう簡単にこれ!って見つけられるようなもの
でもないわよという意見もあるかと思いますが、別に、大勢から認められ、
絶賛されるような地位や名誉のある高尚な仕事をすることが使命ではなく、
例えばそれが小さなボランティアでも地域の活動でも、その人自身にとって
やり甲斐があり、必要とされている充実感を得られ、幸せだと感じられれば
それで充分だと思うのですよ。私の友達を見渡してみても、職業に使命を
感じる人もいれば、ボランティア同然で幼児虐待防止や命の電話などに
携わり使命を感じる人もいるし、絵本の読み聞かせに夢中の人もいるし・・・。
家族の絆を深め、お世話をするのが使命と感じる人もいれば色々でね。
自分が何をすべきかを知っていれば、迷いも後悔もないし、悩む事はあるかも
しれないけど、少なくとも虚しさはないと思う。
・・・あくまでも私個人の考えとして、占いって、例えば自分が崖ップチにいる時、
悩みや苦しみが極まった時、自分をそこから無理にでも這い上がらせる為に
役立てるものだと思うんだ。だから、闇雲に利用するものでもないように思うのよ。
死ぬ思いの失恋をした時なんかは、即刻自分で占ってみたりするものね。(笑)
失恋した時など、例えばそこで何か人生に変化を与えるというか、引越しでも
学問でも趣味でも何でも良いんだけど、明かに今現在とは全然別の世界へ
自分の体ごとヨッコラショと運ばなきゃならない時ってあるものね。逃げるんじゃ
なくて、とにかくここからなんとか這い上がり、別の場にしっかりと辿り着いて
根を張りなおさねば・・・みたいな時。占いの結果が如何であれ、自分の未来を
見ようという気持ちになった時、ドンヨリ真っ暗だった瞳に希望が見えてくる。
占いって、そういう風に勇気と希望を取り戻す為に利用するものであって、
占いに振回され、顔色が悪くなりゲッソリし、不安に苛まれるなんて、どう考え
てもおかしいと思うし。 それじゃ美容にも精神衛生にも良くないしね・・・・。
・・・どうか皆さんも、顔色が悪くなるまで振回される事のないよう、占いを上手に
賢く利用しましょうよね。
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☆相談されること☆
カウンセリングの仕事に携わる友達と久しぶり二人で軽く飲みに出かけた。
占師もカウンセラーも「相談される側」という共通点があるので、お互い
時折情報交換をしたりして、自分の仕事を見つめ直したり「ああ!そっか、
なるほどねぇ」と、目から鱗のヒントを得られたりするので、定期的に会う
のはお互いにとって大変貴重でね。
カウンセリングの基本は、「相手の話を一生懸命聞く」ことだと彼女は言う。
最初にして最後のテーマだとも言われるけど、身近に自分の話を最初から
最後まで真剣にただ聞いてくれる人って、まずいないと思うしね。
例えば恋愛関係に悩む女性が、「だんだん彼を信じる自信がなくなって
きたし、浮気されるのももう勘弁して欲しいし・・・」などと言ってるとして、
そういう歯痒い話を聞いているうちに、ウズウズイライラしてきて、
「だったら別れたら?!」だとか、「それを承知で付合っているので
しょうが?!」などと、つい口出ししてしまいがちで。相手のことを聞くより
自分の意見を言いたくなる気持ちが強くなったりしてね。黙って辛抱強く
聞いていられなくなる。 かといって、ただ黙って相手の話を真剣に
聞くことって、黙っているだけならラクかといえば、そうでもなく、ラクに
聞いていれば真剣さが抜けてしまうので、やっぱり真剣にただ相手の
話を聞くということは、本当に沢山のエネルギーが必要なことなんだよね。
なるほどなぁ・・・と、頷き、ウィスキーのロックを口にする私。
占いの基本は?と、彼女から聞かれた時、どう説明したら良いか迷った。
「占いの基本というか、占いが役立つのは、それを占った占師の結果よりも
むしろ、占ってもらった人の力量」 だと、私は答えた。
きっと、誰でも人の役に立ちたいという気持ちは強いと思うし、私も同じで、
だから相談を受けた時も、何か相手にとって良い事を言ってあげたいと
思うし、でも、占師を何年もやっていると、それが時として相手にとって、
あまり役に立ってない場合が多かったりすることに気づいたりしてね。
余計なお世話だったり、ウザかったり。(笑)
「相談」というと、相手の話を聞いて、それに対し良い事を言ってあげて
感謝される・・・ような図式があるけど、でも、そんな時、「相談を聞いて
やってるんだ」という気持ちが強くなったりして、いつのまにか自分が
主役になってる場合があるんだな。 親切にしてあげてる自分が嬉しい
みたいな自己満足というか自惚れ感情がね。 若い頃は特にその傾向が
強かった。 たとえ占いでもカウンセリングでもアドバイスするだけで全て
解決だなんて、人生、そんな簡単で甘いものじゃないし、それは、真剣に
なればなるほど痛感することで。 また、友達が言う、「聞くことの大切さ」
を考えた時、「聞いてあげる」という感じになったら、もうそこでお互いの
立場が上下関係になってしまうし。 自然と相談を聞く人が上で、する人が
下でみたいになってね。
でも、自己流のやり方だけど私の場合、真剣に相談を受ければ受けるほど、
上下関係ってなくなるんだ。 それじゃいかん!という占師友達もいるんだ
けどね、例えば、先生や親が、生徒や我が子に対する時でも、自分は大人
で上位にいて、子どもを助けてあげるのだ、教えてあげるのだと気負わずに、
子どものしていることをよく見て、言う事に耳を傾けることから始めなければ、
聞く側も話す側もリラックスできるようにならないと思うんだけど、でもねぇ、
どうしても「先生」は「教え」たくなるんだよね。教えたい、助けたい、
アドバイスをしたい、みたいに、こうしなさいああしなさいこれは駄目あれは
いけない等と。 教科は教えられても、人生なんて、そう簡単に教えられる
ものではないものねぇ・・・。
とまあ、酔いも醒めてきた今、彼女との会話を改めて思い出し、柄にもなく
真剣に「相談とは?」を考える夜でした。
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