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                       ☆般若心経のマリア的解釈☆


            〜 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時。 照見五・・・という何かの暗号の
            ような般若心経ですが、私が小学校5年生頃、いつも祖母と出かけたお寺の
            住職さんに得意げに暗記した経を披露していた時のこと、
            「お経を全て暗唱できるのは素晴らしいことですね。でも、唱えているお経の
            意味はわかりますか?大人になってもそれでは『般若心経読みの般若心経
            知らず』と笑われますよ。」 
            そうにこやかにおっしゃり、小学生の私にも分かりやすいようにお経の意味を
            教えて下さったのです。 その時、住職さんから教えて頂いた般若心経の
            解釈は、ずっと私の心に残り、大人になり改めて般若心経を勉強したり意味
            を解釈したりしても、やっぱりベースというか行きつく解釈法はその時のまま
            なのよね・・・・。
            そこで今日は、般若心経の簡単な解釈をしようかなと思います。(興味のない
            方はごめんなさい)
            ・・・・ある日、お釈迦様が弟子のサーリーに言いました。 「観音様が修業して
            いた時、体も心も全てが空だということがわかって、苦しみや哀しみを乗り越え
            たそうだよ。 これはどういう意味だかわかるかい?空とは執着しないこと。
            色とは物事。物事には執着がなく、執着がないのが物事。 それでは執着が
            あるのは何だかわかるかい?それは私たちの心。 心があれこれ執着を持て
            ば持つほど、私たちは悩んだり苦しんだり哀しんだりするんだ。 でもね、
            これを逆に考えてみよう。 執着やこだわりを棄てられたら悩みや苦しみは
            あらわれないし、それどころか減りもせず増えもせず全く何もなくなってしまう
            んだよ。 例えば仏教は難しい教えが多いけど、それをみんな覚えてしまう
            必要があるだろうか? 執着を棄てて、教えを全部知り尽くさなきゃならない
            というこだわりや執着をすてれば、教えも気にすることはないはず。
            それよりも大切なのは「空」という文字をイメージすること。執着を棄てれば、
            未来を不安がることも、恐怖に怯えることも、老いることも死ぬことも気にする
            ことがなくなるんだ。そして分別や悟りも気にしなくなる。だって、どこにも
            何にもこだわっていないのだから。そういったことが全然気にならなくなって
            しまう。 だから、自分勝手な妄想に悩まされることもなく、平穏な心が保て
            るんだ。 執着を棄て、こだわらず、それを心に留め、修業をすれば、完全な
            悟りを開けるんだよ。 素晴らしい霊力のある真言、優れた真言、無上の真言
            そして比べられるもののない真言であることを、その時はじめて知ることが
            できるのだよ・・・・・」
            ・・・という般若心経の教えを住職さんから聞かされ、私は深く感銘しました。 
            それまではお経を唱えるととりあえず霊が去ってくれる、ただそれだけの為に
            意味もわからず唱えていた般若心経でしたが、霊を祓う為だけでなく、自分
            自身の心のマニュアルにもなるのだなと、とても興味深く拝聴した記憶があり
            ます。 ・・・・この世に残る霊は、殆どがこの世に未練や執念を残し天に上が
            れず苦しんでいるのだと思うのよね。般若心経を唱え、霊を慰め祓うことに
            よって、彼らの苦痛や怒り、哀しみが少しずつおさまり、上がって行けるように
            なるのだと思うの。 霊も本当は執着を棄て、清々しい気持ちで上に行きたい
            はずなんだから。  
            人は生まれながらにして「生きる力」を持っています。でも、日々の暮らしの
            明け暮れの中で、ともすればその「力の存在」を忘れてしまいがち。
            無いようでいて、確実に存在する人を生かす力に気づかせてくれる不思議な
            お経が「般若心経」だと思うの。 温故知新というか、仏教の長い歴史の
            中で培われてきた「生きる知恵」がいっぱい詰っているものだから。 
            要するに、「まあ、そうガツガツしないで気楽に行こうよ、ね。」と、微笑み
            かけてくれる癒し系のお経なんだよね。(笑)






























































 


                  ☆   マリアの前世    ☆


    この仕事をしていますと、現世や前世(最近では過去世とも言うようですね)、
    来世についてお話する機会が多いのですが、既に何方かお力のある方に
    ご自分の前世などを視て頂いている方も多く、「私は昔、ある国のお姫様だった
    と言われました」ですとか「私は芸術家だったらしい」ですとか、お話を聞く度
    華々しい前世をお持ちの方ばかりなので、私のショボい前世について、特に
    若かりし頃など語る気持ちも失せてしまっていました。(笑)

    私は・・・以前日記や手紙の部屋にも書きましたが、前世は『娼婦』でしたという
    ことは書いたと思いますが・・・ もっと深く遡りますと、とてもじゃないけど
    人様に「こうだったらしいわよ」などと自慢できるような前世は全く持ち合わせて
    いないようなのです。
    ・・・ここで私の前世について語らせてくださいね。興味のない方ゴメンナサイ。

    前世につきましては、前世を視ることのできる方計三人から言われていますので、
    何となくそうなのかな・・・と、疑いつつも思ってしまっています。そんなもの信じない、
    まやかしだと否定していた時期もありましたが、自分の事って一番視え難いもの
    ですからね。

    ・・・さて、お話によりますと私は幾度か輪廻を繰り返しているようです。
    最初の頃の私は、それはもうお話するのも憚るほど邪(よこしま)な人間だったそう。
    幼いい頃から悪知恵ばかりはたらき、人の迷惑顧みず傍若無人に面白おかしく
    生きていたようなとんでもない下品な人間だったようです。(汗)今のような霊感は
    その頃からあったようで、安易にその力を悪用していたのでしょうね。残念ながら、
    前世が美しい巫女さんでしたなんてことはなく(結構期待してたのに)、叩けば
    大量の埃が出る罪深い過去世だったようなのです。
    (なので『娼婦』や『占師』等は私の魂にとって意外とまともな職なのかもしれません) 
    しかし、そんな罪深い魂も輪廻を繰り返す度、少〜しずつ揉みに揉まれて様々な
    経験に悔い改めつつ改善され、一進一退でどうにかこうにかステップアップして
    きたように思います。 

    ・・・・・・で、今があります。(笑)  ・・・ってことは輪廻を繰り返してる割に
    大したステップアップにもなってないってことですわね。 タハハ・・・。(^^; 

    快楽主義でズボラで大酒のみなのは過去の名残りなのかもしれません。
    物欲の権化なタチも然り。(笑)
    高級な魂に成り代わるまではまだまだ道程は長く遠く険しく厳しいものです。

    このように前世からまともな職についたことがないという私ですが、占師の
    仕事だって現世でも怪しく胡散臭い仕事ですものね。物質を扱う仕事と違って
    形あるものではないですから基準がありません。占師も人間ですからつい
    歯止がきかなくなって、甘い誘惑、欲望に負けて悪いものに引っ張られて
    折角持っていた力を欲につぶされ失ってしまう人も少なくないものね。
    現世での私の使命(というか業かなぁ・・・)はこういった「悪い誘惑、欲望に
    負けない」ことなのだと思っています。間違っても「占いで多くの人を助けること
    幸せに導くことが使命」「善い行いをすることが使命」だなんて、そんな大それた
    美徳っぽいことを語れるような分際ではありません。
    一生懸命誠意を尽くしてご相談をお受けすることで、私の魂も助けられていると
    思っています。(なんてちょっとカッコつけてみたりして・・・)
    そう、心を尽くし愛を与える分、愛を頂いている・・・愛し愛され、人の世は相身互い、
    相互リンクされてるものですからね。^^

    幸い私には力の強い指導霊が後ろについていて下さっているようで、
    随分昔からその方が私の魂の担当をされていらっしゃるようです。
    野垂れ死んだ時も、殺された時も、特に何もしてくれなかったと
    思いますが(だってそれは自業自得だし・・・っていうかろくな死に方してないんです
    よね・・・現世ではどんな死に方なんだろう(汗))、そんな哀れな私をずっと見捨てず、
    魂の成長を見守り、反省や気づきのきっかけを根気良く導いてきてくれたように
    感じますし、なのでとても感謝してるんです。彼らの導きもあって、なんとか徐々に
    軌道修正されたようにも思います。少しずつまともな人間になるようにと占師と
    しての道を案内してくれたのは、もしかすると後ろの人の導きなのかもしれません。
    占師としての人生をどう生きるかは私次第ですけどね。
    
    ・・・などと長々語ってしまいましたが・・・以前日記に書きましたが、大切なのは
    前世が何だったかどうだったかということよりも、「今の自分は誰で、何をすべきか」
    ということだと思っています。(前世が華々しくなかった負け惜しみじゃないですが(笑))
    前世に執着することより、「今、自分がやるべきことは何だろう?自分の現世での
    使命って、一体何だろう?」と、今現在こうして生きているということに対し、
    真剣に取組むことが大事ですものね。 見えた前世を参考に、前世で遣り残してし
    まったことや、トラウマを癒したり、魂を磨くために現世で努力することはとても
    素晴らしい有意義なことだと思います。その為にも
二度と戻らない今、この時を大切に、
    できるだけ来世へ悔いを残さぬよう生きたいものです。 
    「癒し」ブームの昨今、癒されることばかり求めてしまいがちですが、それだけでは
    心が甘ったるくユルユルになって魂を磨くことはできないと思います。 怠けて
    運が向く方法や楽して幸せになる方法なんてないですものね。 精一杯努力して
    試練を乗り越える度魂に深みが増していく・・・この世は魂の修行の場なのですから・・・。

































































 

                             ☆『空』について☆


             
            私が事ある毎に唱えている般若心経ですが、難しい言葉一つ一つの
            意味について、よく質問を頂きます。私は仏教には疎いですので、お経
            について詳しく知りたい方は、占い以外のオススメリンク集にリンクさせて
            頂いてます、道慧さんのページへどうぞ。 思うに、般若心経というのは、
            今風に言えば 「今を生きる為の心のマニュアル」 だと思うのね。
            般若心経にはわずか262文字の中に心を高めるキーワードが沢山出てくるの。
            中でも大切なのが、「空」という字でね。「空」の意味は、執着を持たない、
            こだわらない、かたよらないということ。 例えば、心を黒板にたとえてみるとして、
            過去の楽しい思い出、哀しい思い出、許せない恨み、苦しい後悔、成功した
            経験、失敗した経験、喜び、苦悩などをどんどん書き記していくと、やがて黒板
            には新しい情報を書くスペースが足りなくなってくるよね。 新しく経験した楽しい
            こと、素晴らしい希望や夢など、これからどんどん書きたいなと思うことを書く
            スペースがなくなってしまう。 それでも無理矢理書こうとしてしまうと、書きたい
            ことが全部書けず、内容を短くしたり変えてしまったり、狭いスペースに無理に
            書きつづけてしまう・・・。そうすると黒板はどうなるでしょう?どこに何を書いたか
            など、分からなくなり、黒板の機能を失ってしまうよね。 ハッとそれに気づき、
            慌てて内容を消そうとしても、今度は内容が消えてしまうことを怖れ悩み、苦しむ
            ことになるものでね。 いらないものからどんどん消していけばいいのに、あれも
            これも執着してしまいなかなか消す事ができなくなるのよね。(まるで古い雑誌を
            なかなか捨てられないようにね) そこで、「空」という言葉を思い出し、こだわらず、
            かたよらず、とらわれずと言いながら消して行くの。 そうすることによって、心の
            黒板には「執着を持たず、ありのまま物事を見詰める」というスペースができるの
            です。 悩みや苦しみって、心の平穏が乱れることから生まれるんだよね。悩みや
            苦しみから解放されるには、自分の心を平穏にする以外方法はなくて、
            それができるのは、神でも仏でも占いでも親でも友達でも恋人でもなく、自分自身
            だけなのね。 もう長くなったのでこの辺にしますが、明日は般若心経の簡単な
            解釈を書こうかな。(興味のない方はごめんなさいね)




































































 

               ☆   魔女巾着    ☆


    タロットカード入れが随分年季が入ってボロボロになり、そろそろ新しい
    ものが欲しいなと思っていましたら、
お友達のゆかりさんがこんな素敵な
    巾着袋↓を作って下さったのです☆ ・・・もう、感激・・・☆☆☆
    一つは天使、もう一つは月のモチーフで、易占タロット用と、普通のタロット用
    に使おうと思っています。^^

    私はビックリするほど手先が不器用なので(いつの日かこっこさんのお友達が
    仰ってましたが、私も「両手が前足」なものでね・・・トホホ)手芸、お裁縫が
    得意な方はとても憧れてしまいます。
    ・・・作った人の温もり、魂が込められている手作りのものって、それだけで
    大切にしようって思えますものね。 ボロボロになるまで使っていたカード入れ
    は祖母が作ってくれた大切なものでした。

    ゆかりさんが命名しましたこの「魔女巾着」ですが、
    『イメージしたのは魔女でも、おどろおどろしい魔女ではなく「奥様は魔女」の
    サマンサのようなチャーミングな魔女。明るくて爽やかな風のような女性。』
    と仰ってます。
    さて・・・これを使わせていただくからには少しでもサマンサに近づけるよう
    頑張らなきゃ! 
    『針に糸を通し布を縫う時、すきっぷしているような気分で仕立ててます』と
    とても楽しそうに仰るゆかりさん、お裁縫、手芸はまさに魂が喜ぶ天職だと
    思います.^^ 素敵な魔女巾着、本当にどうもありがとう☆大切に大切に
    使わせて頂きますね。そしてこれからも応援してます☆☆☆